小学生のころ、友達に借りた消しゴムにクラスの男子の名前が書かれていた。
いわゆるそれは「恋のおまじない」と云うやつで、彼女はそれを信じ彼の名前を白い消しゴムに書いたのだ。
「あ。……消しゴム、借りてもいいかい?」
そんな彼女の恋の花は次の日散った。
彼女の想い人の消しゴムに、別の女の子の名前が書いてあったらしい。
「あ、うん…いいよ」
「ありがとう」
私から消しゴムを受け取った山田利吉が笑顔を見せる。
どきりと高鳴る心音を気にしながら、じっと彼の手にある消しゴムを見つめた。
…大丈夫。
名前は、書いていない。
書いていたとしても、うん、山田が見るはずない。
私はずいぶん前から山田を好きでいた。
きりっとした目元がふと緩む瞬間がたまらない。
今時珍しいフェミニストでいて、分け隔てない優しさ。
「……………チッ」
それはもう蚊の鳴くような音だった。
それでも隣ということもありまして、…いや、まあ周りの方も気づいていたみたいだけれど。
小さな小さな舌打ちが、隣から発せられた。
「…………山田?」
何があったんだ。
恐る恐る顔を向けると、消しゴムのカバーを握りしめぐしゃぐしゃにしている山田が視界に入った。
…ちょ、それ私の!
「てっきり名前でも書いてあると思っていたんだけど…」
「え?あの、それ私のだよ」
「女の子だから信じていると思ってたのに」
はあああと深い溜め息をついた山田が消しゴムカバーをこちらに投げてきた。
ちょお、まてまて。
カバーハンターってやつなのか?
私消しゴムはカバーないと嫌なんだけど!
ぎろりと山田を睨むものの彼はにこりと優しい笑顔を返してきた。
くそっ、かっこいいな…。
「ちなみに俺はね」
ごそごそと自分の筆入れから何かを取り出し、山田は私に見せた。
山田の手にあったのは、真新しい消しゴム。
…自分のあんじゃねーか!
「ちゃあんと君の名前が書いてあるよ」
「はあ?…え!?」
「ほらね」
しゅっとカバーを外し、消しゴムを見せてきた。
ちろりと視界に入れた山田の消しゴムには、はっきりと黒文字で私の名前が書かれている。
…え、つまり…そういうこと……どういうこと?
「付き合ってくれないか、」
ドスッと鈍い音がして山田が沈んだ。
頭に白いチョークが二本刺さっている。
前を向けばにこりと微笑む土井先生が。
ニコッ。
数分後、保健室にてお互いチョークを刺したまま想いを告げた。