ゆっくりと伸ばした手を四郎兵衛さまの頬に添える。
四郎兵衛さまは添えられた私の手に、自分の手を優しく重ねた。
重なった手の体温がいつもと違って酷く冷たく、私は泣きそうになった。
「怪我しないで、戻ってきてください」
「うん」
「絶対に、戻ってきてください」
「…うん」
腕から力が抜けていき、四郎兵衛さまの頬を手がずり落ちていく。
緊張に揺れる四郎兵衛さまのひとみが、静かに伏せられた。
忍者の仕事は絶対だ。
必ず成功させなければならない。
いのちを捨ててでも、受けたものは確実に。
そう、いのちを捨ててでも。
「四郎兵衛さま」
「何?」
「…、」
仕事は絶対。
けれど私の言うことばは絶対ではない。
死なないでなんて、忍者に言うことばじゃない。
「名前」
ふわりと柔らかくからだを抱きしめられた。
耳に四郎兵衛さまの声が響き渡る。
しばらくは聞けないのだと思うと、呼吸音でさえ逃せない。
「名前がここにいる限り僕は戻ってくるから」
「…はい」
「今までだってそうしてきたよね?」
背中に回された手が私の頭に乗った。
ゆるゆると、優しく撫でられるのは気持ちがいい。
心地よさに目を瞑り、私はひたすら頷いた。
「僕にとって名前は仕事以上に絶対なんだよ」
「四郎兵衛さま、」
「何?」
「しろべえさま」
「泣かないで、ほら」
「っ絶対に、死なないでください」
一段と強く私を抱きしめた四郎兵衛さま。
葉の揺れる音がさらさら聞こえる中、くすりと含み笑う声が耳に届いた。
「わかった」
頬に触れた熱を残したまま、からだを包む熱が一瞬で消える。
目を開いた時にはもう彼の姿はなく、行き場のない視線を空に向けた。