「なめくじは好きぃ?」
ぬるぬると光ったなめくじを私に向けて、用具委員長はかわいらしく笑った。山村先輩の手に乗っているのは何匹ものなめくじ。もう数えるのは諦めた。にこにこと微笑を浮かべる山村先輩は着々と私に近づいてきていた。
「きら、いではないです…」
嫌い、と口にした瞬間山村先輩の双眸が細くなった。口にした言葉は嘘ではないけれど、けして好きではない。嫌いでも、ない。
「なめくじは好きぃ?」
先ほどと同じ言葉と共に、山村先輩の手になめくじが一匹増えた。最初は普通ですと答えていたのだ。けれども彼は質問を止めなかった。どうしようと考えていくにつれなめくじは増えていく。
「なめくじは好きぃ?」
「嫌いではないです」
「なめくじは好きぃ?」
どうやらこの用具委員長さんは、私が好きと言うまで質問を止めないらしい。増えに増えたなめくじが、山村先輩の手からこぼれ落ち地面を這っている。
「なめくじは好きぃ?」
いい加減面倒だ。このままだと夜まで続くのだろう。それに山村先輩と二人きりというのは精神を削る。さっさと好きと言ってくのたま長屋に戻ろう。
「なめくじは好きぃ?」
「……………はい」
「…なめくじ好き?」
「好きです」
そう告げた瞬間、山村先輩の笑みが深くなった。ああこれで私も彼から解放されるのだ。そういえば、先輩は昔から私にこんな質問を訊いていたなあ。不意に山村先輩の姿が消えた。あれ?と思う間もなく、視界が緑色に染まる。背中に違和感。…あれ、わたしだきしめられてる。
「名前ちゃん」
ぞくりとした。耳元で囁く山村先輩の声はいつもと違って低い。
「名前ちゃん」
なぜ山村先輩が私を抱き締めているのはわからない。彼なら私よりもなめくじを抱き締めるのではないか。
「なめくじ好きの名前ちゃん」
「なめくじ好きの僕は好きですか?」
なんだかこれも好きと言わなければ何度も訊かれる気がして、とっさに山村先輩が好きですと答えた。案外さらりとでた言葉に、嫌な気分を感じなかったのでこれはきっと嘘じゃないだろう。背中に回された先輩の腕に、力が入ったような気がする。
「名前ちゃんはなめくじより何倍もかわいいねぇ」
なめくじと比べられて少し嫌な気持ちだけれど、先輩の口吸いに免じて気のせいにしておこう。