「名前、そっち濡れないか?」
しゅるりと頭巾を取った三之助が、空を見上げて呟いた。私は小さく返事を返し、同じように空を見上げた。鈍色の空から留めなく降ってくる大粒の雨。さっきまでは霧雨だったのだけれど、土砂降りになってしまった。
「しばらく止まないね」
「そうだな」
冷たい雨に冷たい風。吐いた息は白くなり、空に散っていった。ぶるりと体が揺れる。私は惨めにもかたかたと震える肩をぎゅっと抱いた。
「…寒いなあ」
三之助がそう呟いて私の手を静かに握った。びっくりして、驚いて、でも嬉しくて、緩む頬を隠さずに笑った。三之助はそんな私を見て、少し呆れた顔をしていたけれど。
「三之助の手、冷たいけどあったかいね」
「どっち?」
くすくすと笑う三之助はかわいくて、綺麗で、それでいて恰好よかった。そこで、気づいた。いつもより、距離が近いことに。
「早く止むといいけど…」
少しでも動いたら触れそうな肩。繋いだ手が、意識したとたん恥ずかしくなってきた。先ほどまで感じていた寒さなど忘れて、私はひとり赤面して俯いた。
「…さく、早く迎えにくるといいね」
こんな時に、冷たい風は吹かないのだから。頬の熱は下がることを知らず、上がるばかりで。繋がっていない手でばれないようぱたぱたと扇いだ。
「…さく、早くこないかなあ」
照れ隠しで口にする言葉は、作兵衛の名前ばかりだった。でも、早く来てほしいのは本当だ。せめて、手が繋がっていなければ。
「…寒いし、早く帰りたいね、さん… 」
のすけ、とは言えなかった。三之助に、握られた手と首もとをぐいと引っ張られたのだ。驚きすぎて、悲鳴もでなかった。ぱくぱくと動く口からは息が吐かれるだけ。
「…来なくていい、作兵衛なんか」
耳元から聞こえてきたのは、三之助とは思えないほど低い声で、掠れていた。強く肩を引き寄せられ、優しく抱きしめられる。
「さ、さんのすけっ…?」
ばっこばっことさっきとは比べものにならないくらい鼓動が早くなった。もう、痛いくらいだ。恥ずかしくて息もできない。一気に熱くなった頬、耳の奥もどくどくしている。
「作兵衛のことばかり、」
不機嫌丸出しの声音で、呟く三之助。耳がこそばゆく、身をよじった。三之助は、さらに力を入れて私を抱きしめた。
「…、…話すなよ…」
少しだけ離された三之助の顔は、すごく切なそうで、胸の奥がきゅんとした。どくんどくんと体を巡る血。なんだか動きが活発になったような気がする。どんどん熱くなっていく私の頬に、三之助の手が添えられてひんやりとした。優しく包み込まれ、だんだんと顔が近づき合っていく。
「せっかく、二人きりなんだ。…しばらく、このまま」
重なった二つのくちびるが熱い、。