ぎしりと自分の足の下から音がたった。今は、子の刻。静まり返ったなかわたしは慌てて片足で立つと、しばらくそのまま停止した。ほっと息をはいて足をおろす。
例えくのいちのたまごでも、小さな物音には気づくもの。すでに寝床に入っているであろうに、軋んだ音で起こすわけにはいかない。肩にかけていた手ぬぐいで髪を拭く。ゆっくりと歩きだせば、先ほどのような音はしなかった。


「(…、月があんなところに)」


足元を明るく照らす月を見上げる。丸く大きな月が黒い空に浮いていた。歩いていた足をとめ、じっと月を見つめる。肌寒さを忘れさせるような綺麗さだ。吸いこまれるように前に踏み出そうとすると、上から声がおりてきた。


「せっかく風呂で綺麗にしたんだから、汚すなよ」


ひょこりと顔をだしたのは七松先輩だった。先輩は屋根の上に乗っているのだろう、顔は逆さまで、髪が下に垂れている。汚すなとは、わたしの足のことだろうか?


「…こんばんは、ここはくのたま長屋ですよ」


「私は三之助じゃないからそのくらい分かるぞ」


七松先輩らしい笑顔を浮かべて、先輩が屋根からおりてきた。許可はもらっているのだろうか?


「ほら」


ゆっくりと先輩が月を指差す。先ほどまでわたしが見とれていた月だ。先輩は月を見上げながらぽんぽんと座った場所の隣を叩いた。失礼します、と言ってわたしも隣に座る。


「なあ、」


「はい」


「よくみろ」


「…はい」


「月が、綺麗だ」


やけにゆったりとした口調を不思議と思い、先輩をみる。先輩は優しく微笑みながら、月を見上げていた。いつもと違った表情に少し緊張しながら、わたしも月へ視線を戻す。

静かな静寂。心地よくもありいたたまれなくもある。風が優しく頬にあたり、なんだかうとうとしてきた。ふりふりと首を振り眠気を飛ばす。風呂に入ってしまったからか、どう頑張っても眠い。
まぶたが重い。
寝てしまおうかと思い始めた時、頭に重みを感じた。それは先輩の手で、まだ濡れているわたしの髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。途端にその手がぴたりと止まったかと思えば、また更に強く撫でられる。なんだなんだと思って先輩を見つめていたら、先輩はほのかに頬を染め目を細めた。


「おまえといると、月が綺麗に見えるぞ!」


次の瞬間、視界に広がったのは緑色。つまり、わたしは七松先輩に抱擁されていたのだ。




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( 翻訳すれば、 )
( 愛しています )



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