bS 聞こえないふりをして


翌日。俺たちは騎士学校付属の寮の廊下を全速力で駆け抜けていた。
隣を行くアスベルはまだ上着を手に持った状態で羽織ってすらいない。
なぜこんな中途半端な状態で全力疾走しているかと言えば、説明は一言で終わる。いや、終わらざるを得ない。
寝坊だ。しかも、二人揃って。
昨日、アイスキャンディーの棒をゴーシュとドロワットに放って寮に向かい、それからは剣の稽古をして、筆記の勉強をして、そのまま寝た。
感覚的にはいつもより早く寝たつもりでいたし、卒業試験ということでそれなりの緊張感も持っていたから、多少遅く寝ても寝坊は無いだろうと思っていたのだが。
少々、考えが甘かったようだ。
いつもより数段ゆるく留まっている腕時計にいらいらしながら目をやれば、本当に遅刻寸前の時間だった。
そのタイミングで目の前には階段。この階段さえ下りれば正面玄関に出られ、更には騎士学校もすぐそこだ。この階段をショートカットし、なおかつ全力で走れば間に合う。
そしてこの状況で階段をショートカットする方法はただ一つ。
「跳ぶぞ!」
振り返らずに短く告げると、階段の手すりをつかんでその腕を支点にし、宙に体を投げ出した。
そのまま体が重力に従いだした段階で手すりから手を放す。
空中で体勢を立て直し、ヘタに重力に逆らわないようになるべく静止した状態を保つようにする。俺流の落下のコツだ。
少し日に焼けた一階の廊下に着地する。が、綺麗に足だけで着地できず手をついてしまった。
俺がかまわずその体勢から走り出したところで、アスベルが跳び下りた音がした。
そのままアスベルは全力で俺に追いついてくる。
その段階で残り時間は1分弱。残りの距離は500m。
アスベルが上着を羽織りながら何かを必死に言っているが、それすらも聞こえていないふりをして騎士学校に向かって走る速度をさらに加速させる。
「間に合えぇ!」
もっと緊迫した、というか危機感のあるシーンで使うべきだと思われるセリフを叫びながら、俺は一次試験「実技」の試験監督であるマリク教官の前に滑り込んだ。
同時にアスベルも急停止……できずに俺に激突した。
痛みに呻いてうずくまる俺にマリク教官はこう言った。
「残念ながら2秒の遅刻だ。ユーリとアスベルは、遅刻により1点減点」
その声に、俺はアスベルと顔を見合わせてしばし首をひねった。
この試験、点数制だったか……?
しばらくそうしていると、頭にマリク教官の拳と思われる硬い物が直撃したので、俺はまた頭を抱えて悶絶する羽目になった。
「早く整列しろ。今日の試験の説明をする」
未だに痛みから立ち直れない頭を片手でかばいながら、俺は既にできていた列の一番後ろについた。
前の奴が笑いをこらえているのが分かったが、相手が貴族だったので面倒事に巻き込まれないためにも、無視することに決めた。
それから俺の横で真剣に教官の話を聞くアスベルと目の前の貴族を、小さく首をめぐらせて見比べる。
なんか、この二人の違い……いや、アスベルと他の貴族の違いってのは天と地がひっくり返っても埋まりそうにないな。
考えて、当たり前だと思い直した。
そうしている間に、実技試験は始まっていたようだ。目を向ければ丁度、先ほどアスベルと見比べた貴族が教官に木刀を構えて走っていくところだった。
その短い攻防を見ていてわかったことは、3つ。
二人目が向かっていくのを見届けてから、戦闘を目で追うのをやめて思考の海に浸る。
1つ目は、実技試験は教官の攻撃を受ける前に木刀の直撃を教官に浴びせれば合格点をもらえるらしいという、いわゆるルール。
2つ目は、その貴族が恐ろしく弱いということ。教官に攻撃を当てられるまでが体感で30秒。実際はもう少し短かったかもしれない。とにかく、なぜ卒業試験を受けられるのかも分からない程に弱かった。
3つ目は、教官は手を抜いているということ。騎士として「手を抜くこと」は、相手にとっても非礼であるはずなのだ。まあ、これに関しては相手がとてつもなく弱かったので仕方がない気もする。
頭の中で並べ立てた、案外どうでもいいことを綺麗に消し去り、ため息を一つついたところで、試験監督の野太い声で俺は意識を現実に引き戻された。
「最後、ユーリ・ローウェル。お前、話も聞いてなければ今までの試合も見ていなかったな?」
いつの間にやら俺以外の試験が終わっていたようだ。
教官に図星をつかれて、頬の筋肉が引き攣ったのが自分でも分かったが、必死に冷静を装って木刀を構える。
大きく深呼吸して心を落ちつけようと努力してみる。アスベルが隣で小さく何かつぶやいたが、こういう時のつぶやきは言ったのが誰であろうとあまりこちらに益の無い言葉だ。経験上、そういうことが統計的に多いというだけだが。
とにかく、教官の表情が険しくなってきているのでそろそろ臨戦態勢に入ることにする。
ふと構えを見てそういえば今日はお得意の投刃ではないんだな、なんて関係ないことを思い浮かべてみた。
一歩踏み出す。間合いを詰め、一気に仕掛けるために。
余談だが、俺は正統派の剣術はあまり好きではない。騎士学校で教えられる剣技の数々は見た目を重視したものが多く、こういっちゃなんだが殺傷力に欠ける。型にはまりすぎているのだ。
だから、俺の剣術は周りの奴と一味違う。
自由奔放な分、よく思われていない部分もある。だが、俺自身これが気に入っているのだから仕方がない。
教官がにじり寄ってくる。数年前に直剣を使うのはやめたらしいが、それでもその構えは中々様になっていた。
間合いを測るように、こちらも足を動かす。
そうして間合いが射程内に詰まると同時に、木刀を肩に担ぎながら素早く一歩を踏み込んだ。
教官もこちらの手を読んだように滑らかな動作で、俺の一撃を回避するべく動き出す。
正直、一撃で決めるのが一番いい手段だ。マリク教官相手で長期戦になれば先に力尽きるのは俺。……俺みたいな半不良に必要以上の手加減してくれるほど生易しい教官ではない。
本気でいかなければ、きつい……ような気がする。
回避に動いた教官の動きを先読みして背後に回り込むように足を動かす。
完全に背後を取って、肩に担いだ木刀を振り下ろした。
「はあっ!」
そのまま思い切りよく木刀を振り下ろす。狙う先はマリク教官の肩だ。
肩に木刀が当たる瞬間、振り返った教官は。
「…………」
――――負けると分かったくせに、笑っていた――――
「……っ」
少しだけ、ほんの少しだけ戸惑いつつも、俺は木刀を振り下ろした。
それから自分の脇の下を通すようにスイングして、後ろ向きに回転付きで投げる。そして、一回転して戻ってきた木刀を危なげなく手に収めた。
これが、俺の得意とする剣術だ。なぜ投げる、とか、刃が自分の手に刺さる可能性は考えないのか、とかまあいろいろ言われることも多いが、いったんこんな風にアレンジしてしまうと元に戻すのも面倒なのだ。
因みに「虎牙破斬」などの技は敵を追加で殴ったりもする。
手に収まった木刀を一度見てから、俺は勝ちを宣言するように高々とそれを掲げた。
疑問を顔に出さないように、細心の注意を払う。
木刀で打たれたとは思えない程余裕のある動作で立ち上がった教官は、俺に告げた。
「ユーリ・ローウェル、実技試験合格だ。……実技はこれで終わりだ。各自、筆記の試験会場に向かうように」
教官の言葉が終わると、俺とアスベル以外の受験生はさっさと移動を開始した。
俺は、教官に尋ねてみた。
「なんで、避けなかったんだ?」
俺の言葉に、教官はこちらを向いて、俺の横を一瞥した。つられて、俺も横に意識を向ける。
すると、アスベルが隣にいることが分かった。だからと言ってどうなるわけでもないが、とにかくさっさと用事を済ませることにする。
「答えろよ」
タメ口で言ったら、思いっきり睨まれた。
目上に対する言葉遣いは昔から気にしないタイプだが、あからさまに嫌な顔をされたので不機嫌全開で訂正する。
「……答えてください」
「時間をかけたくなかったからだ。それに、お前をここで振るい落とすのは不本意なのでな」
「は?」
耳を疑った。
時間をかけたくないってのは別に気にするとこじゃない。だが、振るい落とすのが不本意とはどういうことだろう。実力の伴わない生徒を振るい落とすためにこの試験があるというのに。
こいつはいったい何を言っているんだ。
「ほら、筆記試験に遅れるぞ。早く行け」
右手を払ってそういう教官に渋々従い、俺はアスベルと一緒に試験会場に向かって歩き出した。
その途中、ふと気になって後ろを振り返る。
「最後に一ついいか?」
「なんだ」
大したことじゃない。自分でも気に留めるようなことじゃないと思う。
それでも聞きたかったから聞いてみた。
「この試験って点数制だったか?」
教官は笑ってこう返した。
「いや。違うな」
瞬間、俺は「遅刻は減点」という嘘を平気で言ってのけた教官を殴り飛ばしたい衝動に駆られつつも、それを押さえつけるように全速力で筆記試験の会場に向かって走り出した。
「お、おい!待てよユーリ!」
アスベルさえ置き去りにして走る。
そして決心した。
試験が終わったら、まずあの教官を思い切り殴ってやる。
心に誓った俺だった。
そしてまた全力で走る。
「ねえ……」
その時に知らない声なんて、聞こえなかったふりをして。

こえないふりをして
(この日常が永遠に続いていくために……なんて、らしくないかな)
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あとがき
タイトル考えるのって難しいですね。
そして声しつこい(笑)
よろしければ次回もお願いしま((殴
『管理人強制退場』
thank you for reading!

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