小説 | ナノ







サッカーばかりしていられないのが学生である。数日後の中間テストを控え吹雪は、自室で勉強していた。テスト一週間前から部活動が禁止されているため、体が鈍って仕方がない。早く部活再開したいなあと自主学習ノートを開いた。自主学習を強制するのもおかしいなと吹雪はため息をついた。最近の勉強のお供はラジオである。前まで音楽を流していたが、飽きてしまいついつい寝てしまう。それをきいた叔父さんがこのラジオをくれた。貰ったラジオは古いがまだまだ使える。昭和っぽいと思っていたが無音より集中できてよかった。適当なチャンネルに合わせて、いつものようにペンを走らせた。ラジオからは笑い声や音楽が流れてくる。たまには聴き入ってしまうこともあるが大体集中してラジオの音は遠のいていく。
難しい問題に躓いた。苦手な文章問題だ。聴きなれないJ−popが耳に入ってくる。集中が切れてしまった。時計を見ると11時を示していた。
「この問題を解いたら寝ようかな」
吹雪はうーんと背伸びをして、もう一度問題を見返した。しかし、やっぱり解き方が浮かばない。もう解答を見てしまおうかとパラパラと解答のページをめくると、きいたことのある曲が聞こえてくる。

「続いての曲は…」
ラジオパーソナリティが寄せられたFAXを読み上げ終わると曲の音量が上がる。しっとりとした曲調と歌手の強く優しい声はふつふつと思い出が甦ってくる。

「これ、アフロディ君が好きな歌だ」

カオス戦で負傷したアフロディ君の見舞いに行った時のことだ。アフロディ君が病室で聴かせてくれた曲。まだ僕は自分の中で葛藤していた。病室を訪れるとアフロディ君は耳にヘッドフォンをしていた。コードの先には正方形の音楽プレイヤーがベッドのすぐ傍の机に置かれていた。今時珍しいMDプレイヤーだった。何を聴いているのかと訊くとヘッドフォンを僕に貸してくれた。
「僕の好きな歌なんだ」
アフロディ君の雰囲気からクラシック系かなと身構えていたら、意外にも吹雪もよく知っている歌手の歌だった。驚いていると、視界に横髪を耳にかける右手の袖から見える包帯が入った。それは僕が君に与えてしまったもの。そう考えると曲が頭に入ってこなくなった。
「これを聴いていると心が落ち着いて安心するんだ」
アフロディ君は穏やかに微笑んだ。吹雪は包帯のことが気になって、いい曲だねと返したまでだった。

あの時確かに聴いていたはずなのに包帯だけが記憶に根強く残ってどんな感じかよくは覚えていなかった。僕は自分しか見えていなかった。どうしたら皆の足を引っ張らずにいられるか。アフロディ君がしてくれたように勇気を持って無理だと思える敵に立ち向かっていけるかをぐるぐる考えていて、周りが自分をどれだけ思いやってくれたか分かろうともしなかった。震える足はなかなか動かないとずっと塞ぎこんでいるばかりだった。

今回はちゃんと聴いてみよう。
問題から目を逸らし、吹雪はペンを置いて曲に聴き入る。静かな夜のイメージに乗って、アフロディ君の穏やかに笑いかけてくれた顔が浮かんできた。サビに近付くに連れ壮大に盛り上がっていき歌声にも力が入っていく。そこには暗闇を怖がっていた自分がいた。明かりが一つもない道に憶病になって、歩くことをやめてしまった僕。君は手の中にある光を示してくれた。
歌詞を意識してみると吹雪はあっと声が出そうになり口を押さえた。アフロディ君が言いたかったことはこの曲に隠れていたとようやく気付いた。どこまで僕のことを気遣ってくれたかを思うと、感謝しきれぬ気持が胸にこみ上げてきた。
「今更気付くなんて」
明るく視界が開けたようなピアノの旋律から音が小さくなっていき、パーソナリティが喋り始めた。机にある雷門中で撮った写真を眺めると、そこに映ってはいない君がいるような気がした。彼も僕を支えてくれた仲間だ。

アフロディ君は気付かせたかったんだね。僕に前を見てほしいこと。暗闇を恐れないで目を開けることを。今どんな夜を過ごしているのかな。君のことがもっと知りたかった。

ラジオからは元気で明るい曲に変わり、再び解けなかった問題をゆっくりと読むとようやく解き方が分かった。ペンを滑らせて解答と丸付けを終えると、ラジオは天気予報を言っている。吹雪はラジオの電源をオフにし、ノートを片付けてベッドに潜り込む。目を閉じて脳裏に映るのはアフロディ君のこと。
(今度円堂くんにでもどこにいるかきいてみようかな…)
夜は更けていていく。頭の中で再生された音楽が月明かりと共に零れ落ちていった。









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