小説 | ナノ








彼女の名前を呼べば、彼女は僕に向かって手を振った。
確かに彼女は目が見えないけど、それが僕に向けられた行動ということくらい誰にでもわかることだ。なぜなら僕が彼女の名前を呼んだから。なぜならこの場所には、僕と彼女しかいないから。

「おつかれさま」

背伸びをして、僕の髪を手にとった。「今日は急いだんだね」なんて言いながら、乱れた髪を直してるだけらしい。僕はその行動が嬉しくて、つい頬をほころばせた。
空いた手で、僕も同じように彼女の髪を弄る。今日は速水先輩に誉められたからか、気分がいいんだろうな。

「了ちゃん、なんだか嬉しそう。マッハちゃんに誉められた?」
「あ、わかる?うん、速水先輩にフォームがよくなったって誉められたんだ」

髪を直すという行動から、頭を撫でるという行動に変わった。彼女が速水先輩と双子だからかどうかはわからないけど、撫でかたが速水先輩に似てると思う。
一定時間僕を撫でていた彼女が、僕の頭から手を離した。続いて、僕の右手に彼女の左手が絡まれる。



彼女が僕より小さいからか、どうも遠慮というのを僕は忘れるみたいだ。
その証拠に、彼女は今困ってる。目が見えないのを知っていて、僕が明後日の試合を見てほしいなんて頼んだから。

「だめ?」
「んー、マッハちゃんが許すかどうかかな。1人で行ける場所、限られてるから」
「じゃあ、誰かがいればいいんだよね……ですよね」

いけない。敬語が崩れるところだった。
確かに彼女とは付き合ってるけど、速水先輩に敬えって言われてるもんな。あ、付き合ってるって言っちゃった。改めると恥ずかしいな。

「そうだね。一郎太ちゃんに着いてきてもらえば大丈夫。かも」

くすくすと笑った彼女に、夕日と月光の2つが差した。

「え、風丸さんだけですか?せめて女子の先輩にしてよ」
「だめ。今連絡するから。“一郎太ちゃんに電話”」

彼女が最新型の携帯に、耳を着けた。ああ、そんな。
確かに風丸さんはいい人だけど……。2人だけで来るなんてそんな。

「あ、もしもし?うん私。明後日、サッカー部の子たち……あ、マネージャーさんもぬ。サッカー部の子たちと一緒に了ちゃんとマッハちゃんの応援いこう」

くすくすと笑う彼女には、まだ夕日と月光が差していた。

もし僕と彼女を太陽と月で例えるなら、彼女が太陽で僕が月。常に太陽の後を、追いかける存在かもしれない。
つまり何が言いたいかって言うと、彼女にはかなわないってこと。


君と僕、太陽と月







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