問いに答える気はないらしく、踵を返してアプルーに向かったなまえは、微笑みながら林檎を差し出した。

「遅くなってごめんね」

すると、アプルーは林檎を貪りだした。
なまえはアプルーを撫でて、どこか安堵したような、柔らかい笑みを湛えている。

しかし、それも束の間、なまえは林檎を拾い集めに掛かった。あちこちに散らばった赤い果実は、先ほどぶちまけたものだろう。
リオンは、その風景を見ていることしか出来なかった。アプルーは林檎を食べ終えると、のそりのそりと、森の方向へ進んでいく。

喧騒を失った場には、リオンとなまえ、ただ2人だけ。シャルティエは成り行きを見守るつもりなのか、先ほどからずっと無反応だ。
気まずい雰囲気の中、先に口を開いたのは少女だった。

「あのアプルーは、まだ子供なの。お母さんを、山に住んでるモンスターに殺されちゃって…いろんなこと、分かってないんだ。お母さんを喪って、そんなに経ってないから、感情任せに暴れてしまう時もあるけど、本当はのんびり屋さんで優しい子なの」
「……。被害者が出ている」
「っそれは、…謝ります。でも、あの子は、人間を故意に襲ったりしない…!」

町の皆が、アプルーに攻撃的だから暴れてしまうのに…。消え入りそうな声音で呟くなまえは、自分の腕を抱き締め悔しそうに表情を歪める。

『坊ちゃん、なまえ、体中傷だらけみたいですよ』

言われて気付かされる。太腿の青あざ。左手首は、赤く腫れているように見えた。風がそよいで、なまえの額が見えた。そこにも痛々しいあざがある。

「体中の怪我は、町人から受けたのか」
「…………」

視線が逸らされる。これは肯定と取ってもいいだろう。

「所詮はモンスターだろう。何故そこまでする?町から追放されたいのか」
「……似てたから」
「似てた?」
「私も、母親を殺されてるの。だから、放っておけなかった。悲しくって、寂しくて、けどその感情をどうすればいいか分からない、何も分からないアプルーを殺そうとしてる。誰もアプルーのこと分かってあげようとしない…っそれなのに殺すなんて…!」

リオンは、押し黙る。
無表情には、ほんの僅かだが、懐古の色が差していた。
シャルティエは、坊ちゃんと気遣わしげに呼び掛ける。
自分の境遇と、この少女の生い立ちが、あの幼い日々を思い出させたのだろう。リオンも、母親を早くに亡くしている。父親はあのヒューゴだ。リオンとヒューゴは、家族などそんなものは微塵も感じさせない非常に無機質な関係にある。愛情や甘え方を知らずに育ったリオンは、その若さにして聡明かつ剣術にも秀でているが、とても冷徹で他人と壁を作り生きてきた。

『…坊ちゃん……』
(分かっている)
「だが、その言い分ではまかり通らない。アプルーにしても、貴様にしても」

なまえは瞬きをした。

「私も?」
「アプルーの件は、少々、手荒な真似をすることになるが悪いようにはしない。が、お前は別だ」

シャルティエを鞘に収め、まだ新しい生々しいあざを見つめる。

「なまえ、町の役人から酷い暴力を受けているだろう」

モンスターの事件とは別件に、この町には噂があった。
なまえの瞳が凍り付いたのを見逃さない。

「ここの役人は少しばかり♂゚激らしいな。短気な堅物共が、アプルーに対して何もしてこないのは、お前だろう。なまえ」
「わ、私、お役人様なんて分からないし、ましてや町長に暴力なんて――」
「貴様がバカ正直で助かった。町長、役人か……早めに手を打つべきだな」
「っ違…!!これは階段から落ちて、転んだりして…!」
「下手な嘘は吐くな」

必死さも相俟って、真実が露呈していく。
どうやったら太腿の内側に打撲が出来るのか、逆に説明して欲しいところだ。何より、鞭(むち)で打たれたらしき箇所はミミズ腫れになっている。自分で自分に鞭を打ったとでも言う気だろうか。

なまえは瞳に溜めた涙を、ぼろぼろと零し、リオンに縋るように身を寄せた。

「私はいいの…!お願い、言わないでっ!アプルーが殺されちゃう…!!」

懇願するなまえの肩に手を置き、リオンは、珍しくも表情を緩ませた。これに驚いたのはシャルティエで、しかし、リオン本人も驚いているようだった。

だが、なまえは、泣き崩れてしまう。緊張の糸が切れたのか。
リオンの微笑に、シャルティエは珍しく何も言ってくることはなかった。



後日、この町は、本当の平穏を取り戻す。
町長や役人たちの口を割らせるのは、容易いことだった。リオン自ら尋問に当たったが、シャルティエ曰わく、それは拷問に近いものだったとか、そうでなかっただとか。
落ち着くまでは城から派遣された人材で、この町のこれからを支えていく予定でいる。

聞くところによると、母親を亡くした天涯孤独のなまえを引き取ったのは町長。町長の養子に入ったらしい。だが、その生活は、酷いものだった。
勝手な真似をしたら町から追い出す。そう脅され、この数年間、ずっと理不尽な暴力に組み敷かれていたらしい。
なまえがあの町にこだわったのは、母親との唯一の思い出の地を去りたくなかった、それとアプルーのことだった。

傷の手当を受けていたなまえが、医務室から出てきた。リオンを視界に入れて、微かに苦笑する。
ここはセインガルド王国。無理矢理、城に連れてきた。

「もっと自分の体を大切にしなさいってお医者様に言われちゃった」
「あれでよく動き回れたな――っとでも言われてきたか?」

冷笑を浮かべて問うと、なまえは頬を染めて頷く。

「うん。でも、骨も、異常なかったから…まずは良かったかな。人体も大丈夫みたい。激しくは動けないけど」
「悪化させたくなければ大人しくしていろ。貴様の勝手な行動で、責任を負うのは僕だからな」
「それじゃ、おとなしくしなきゃだね」

くすくすと笑うこの表情こそ、彼女らしい本来の姿なのだろう。

「ありがとう、リオン。町のこととか、アプルーのことまで色々してくれて」
「それが、僕のやるべきこと…仕事だったからだ」
「それでも、ありがとう。私の話、聞いてくれて。町の皆は、アプルーのこと全然聞いてくれなかったから」

本当に感謝していると言うなまえは、吹っ切れたような清々しい様子だった。
それから、静養を終えたなまえは、町に戻ることなく城下で暮らすことになる。またそこでも色々な事件が起きるのだが、それはまた別の話である。

その日の晴れ渡ったクリアブルーの空は、平和の象徴と言わんばかりに優しく澄み切っていた。

end.

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