赤煉瓦造りの町並みに、赤煉瓦の長い長いゆるゆるとした坂道。ここはとある小さな町。地図にも書かれないような、小さな小さな町だ。
森や山に囲まれたこの町は、よくモンスターに襲われる。家畜などの食料を狙われ、巻き込まれて大怪我をした町人が絶えない。
凶暴なモンスターが、森と山に住み着いてしまっていることが大きな原因だろう。近年、天候の影響で土の状態が良くない。栄養不足から作物が育たず、それを餌としている動物やモンスターが減少傾向にある。それらを餌とする肉食獣も食糧難に苦しんでいるのだろう。また、それに巻き込まれるという形で、町も襲われているのだった。
下見と、対策を練りに派遣されたリオン・マグナスは、頭を悩ませていた。
ソーディアン・シャルティエも、また、呻き声を上げる。
『困りましたね、坊ちゃん』
「小さな町だと聞いていたから、なんとかなると思っていたが…。とてもじゃないが、僕1人では物理的に不可能だ」
『挟み撃ちの可能性、どちらか一方を相手にしている間に背後から狙われでもしたら…』
「ああ。だが、悠長にしている暇はない。被害者が出ている以上、早急に解決するべきだな」
シャルティエの応じる気配を感じ取り、眼下に広がる森を見つめた。なだらかとは言えないが、丘の上にあるこの町からは森が見える。
出入り口を封鎖したいものだが、突破されては意味がない。
それに、今回わざわざ来たのは、別件もあったからだ。
頭をぐるぐると使っていたリオンの足元を転がり落ちていく、赤いものに思考は中断された。
林檎だ。
1つかと思えば、また1つ、また1つと、林檎がごろごろ転がっていく。
呆気に取られていると、背後から「林檎が!」「止まらないよー!」など、なんとも間抜けな声がしてきたではないか。
シャルティエが笑いを堪えている。リオンは振り向くことが、とてつもなく恐ろしいことのように感じて、転がっていく林檎を凝視したまま固まってしまう。
「避けて…――ぶつかるっ!!」
なんだと、リオンの口は確かにそう動いた。
しかし、振り向くのが遅すぎた。
派手な転倒音が轟く。
糸が絡まるようにもつれ、両名地面に転がっている。少女は激しい横転に額を押さえて呻いているようだった。
『大丈夫でしょうか』
シャルティエの声は、まだ笑みに震えている。はあっと大袈裟に溜め息を吐くリオン。
はっとした少女は、慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません…!大丈夫ですか!?」
「取り敢えず、退いてくれ」
「っごめんなさい…!」
あわあわと立ち上がった彼女の紙袋から、林檎が落ち、坂を下っていく。
先ほど林檎がどうのと騒いでいた辺り、この女が大量の林檎の持ち主らしい。
「あの、怪我とか……」
立ち上がりざまに、埃と砂を払っていたリオンは、これ見よがしに睨み付けてやる。
「ない」
「そうですか…っ」
良かったぁと肺が空になる勢いで息を吐き出した少女は、また駆け出そうとする。しかし、このまま真っ直ぐ行くと森の入り口だ。
「おい。お前、森に行く気か?」
「はい…そうですけど?」
いかにも不思議そうに首を傾げている。この町にいるということは、ここの住人に違いない筈だが。まさか今回の件を知らないと言うことはないだろう。
シャルティエも怪訝そうに、彼女の声を聞いている。
「森の入り口は封鎖予定だ。戻れ」
「でも、林檎を届けなきゃ…アプルーがまた町に……」
『どういうことでしょうか。確か、森に住むモンスターがアプルーと言う名前でしたよね、坊ちゃん』
「…事情を聞かせてもらおう。僕は、セインガルド王国の客員剣士、リオン・マグナスだ」
「私は、なまえです。えっと、実は、――きゃあっ!?」
静かな町に、猛々しい轟音と悲鳴が轟いた。
リオンは、なまえを一瞥し、地を蹴った。背後からなまえの気配を感じ、振り向かずに冷徹なまでの声音で怒号を張る。
「戻れ。貴様がいても足手まといになるだけだ!無事でいたいのならそこで大人しくしていろ!」
「嫌です!」
『おや――』
てっきり足を止めるだろうと思っていただけに、シャルティエは意外そうに一言漏らすと、くすりと笑った。笑みに続く、なかなか面白い人ですねなどとやたら間延びした緊張感のない愛剣に、リオンは溜め息を吐き出す。
なまえと名乗るリオンと同い年程の少女は、怯むどころか凜として言い放った。
「絶対にお邪魔にはなりません!それに、自分の身は自分で守ります!!」
そうこうやり取りしている間に、現場に着く。
まるで象の体に白い毛皮を被せたかのような、アプルーと呼ばれるモンスターが、暴れまわっていた。
その大きな巨体を家々に叩き付けて、文字通り、暴れている。
(行くぞ、シャル――)
声なく、白刃を煌めかせる。それは了解の意。刀身を全て鞘から引き抜き、同時に衝撃波を放つ。魔神剣を受けたアプルーは、体を1つ震わせリオンを憎悪が籠もった赤い瞳で威嚇する。
そして、次の斬撃を仕掛けようと腕をしならせるが――目の前に立ちはだかったのは、両手を広げリオンをまっすぐに見つめるなまえだった。
「――っなんの真似だ!?」
声を荒げるリオン。なまえは静かに、左右に首を振った。
続く。