から、ころん。からん、ころ。
下駄がかわいい音でアスファルトを鳴らす。
浴衣を着るのは、何年振りだろうか。面倒くさがりな私は着付けというものがたいそう面倒で、夏祭りはいつも私服。それでも、行き交うかわいい浴衣を着た可憐な女の子達に憧れなかったと言えば嘘になる。ああ、今年も浴衣を着ることがなかったな。そんなふうに、毎年秋を迎えていた私である。

でも、今年は違った。

私より少し先を行く、墨色の浴衣を着た男の子。下駄の音が規則正しく鳴る。
腕を組みながら歩くその男の子は、私の好きな人というやつで、春に一目惚れというやつをしたのだ。
まさか私が恋など!ましてや一目惚れなどと!
もっと、そんな面食いのようなものではなくて、れっきとした明確的な理由のある、そんな恋愛を思い描いていたが、私も若かったのだと思う。今だって高校一年生という子供であるということは確かだが、一つ大人になったのだ。
恋愛は、天変地異のようなものだと、思った。

黙々と歩く後ろ姿は、彼の内面を写しているようだ。必要なこと以外は喋らず、煩わしいことを嫌って、生真面目。
それを体現するように、下駄という履き物でも、規則正しく歩いている。こんなところでもこの人の根本は変わらないのだなぁ、と思って、クス、と笑い声を零す。
すると、少し肩を揺らして、墨色の浴衣がゆるりと振り向いた。

「何が可笑しい?」

怪訝そうにしている表情。中性的な面立ちに浮かぶ様々な表情は、どんな表情であれ綺麗に思う。
私は少し迷ったあと、へにゃと笑みを浮かべる。

「どこにいても、直井くんは直井くんなんだなぁと思って」
「なんだそれは」
「私にとってはいいことなの」
「お前は気楽でいいな」

ふう、と溜め息の音が聞こえてきた。
言葉を続けようとした私は、すれ違った人に肩がぶつかってしまい、歩調が乱れる。下駄はやはり歩きにくい。
直井くんを見失わないように、必死で目で探す。
ただでさえはぐれてしまった音無くんたちを探しているというのに。

「なまえ」

名前を呼ばれ、手首をぐっと掴まれて、はっとする。
後ろを振り向くと、直井くんがいて、手首を掴んでいたのも彼だった。いつの間にか追い越していたらしい。
思わず、謝罪しようとしたが、直井くんの表情が、矢に射られたようにはっとして、険しい顔付きになったので、私の唇は薄く開いたままに留まる。

「そんな顔をするな」

ぶっきらぼうな口調で言われ、私は首を傾げる。

「私、変な顔してた?」

直井くんは、重々しい溜め息を吐き出した。

「ああ、とびきり変な顔だった。迷子になった子供が、泣きじゃくる一歩手前の顔だった」

そんな顔をしていたのか、私は。衝撃的なことに、私は何も言えずにいた。

雑踏が、私達を邪魔そうに避けていく。
手首の熱が退き、捕まれていた箇所が、すうっとする。かと思えば、ぎゅっと手を握られて、身を退いてしまいそうになり、その私の体を引き戻すように、前へ引かれた。

「本当に迷子になられたらかなわないからな。早く音無さんと合流するべきだ……なまえ、」
「うん?」
「見失いそうになったら、ちゃんと僕を呼べ」
「っうん」

ドン!と音が轟き、夜空が瞬く。
雑踏を行き交う人々も、みんな足を止めて空を仰いでいる。

紺碧に大玉の光の花が咲き誇る。

空気を伝って、光の脈動が、心臓を揺さぶる。

歓声があがる。

「なまえ?」
「どうして、」

ぽつ、と、呟いた言葉は震えを抑えられず、頬に涙が伝う。
胸元をぎゅうと握り締めた。

「こんなに胸が痛いんだろ……」

その時、直井くんの表情が曇ったことに、私は気付くことが出来なかった。
ぎゅっと強く握り返される繋いだ手に、また涙が溢れる。

「それは……、お前が生きてるからだろう」

また、花火が打ち上がった。
雑踏は時間を取り戻したように動き出す。
直井くんに連れられて、私も歩き始めた。涙は止まらないまま、繋がれた手だけ信じて、光の方へ。

end.

夏宵 title by.自慰

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