ぴっちぴっちちゃぷちゃぷらんらんらん。
間の抜けた鼻歌がどこからか聞こえてきた。じっとりと湿気を含む空気は身体に纏わりついて、なんとも鉛のような心地だのに軽やかなメロディーは私をくすぐる。
童謡だろうか。少し懐かしい基調だ。
夏が今そこまで迫る蒸し暑い蜃気楼が見えたアスファルトの帰り道、いつもよりも心なしか足が軽かった。
ラウンジに入ると早速蜻蛉さまが出迎える。何故だか分からないが、階段の手摺りに登ってドヤ顔でのお出迎えに私はぱちくりとする。
「ただいま。蜻蛉さま危ないので今すぐ落ちて下さい」
「相変わらず下剋上されたがりなMと見る!今戻ったか、なまえ」
床に顔面叩き付けて反省しろと言う意味合いの「落ちて下さい」だったのに、蜻蛉さまはすとんと私のところで着地した。ふわりたなびくマントが、蜻蛉さまの匂いを濃くする。
私の髪を一筋取ると蜻蛉さまは不思議そうに首を傾ける。
ああ、濡れているからか。と思い至る。外が雨だということを知らないのだろう。
「嬉しそうだな。なにか良いことでもあったか」
にやりとした蜻蛉さま。
一瞬何を言われているのか分からず硬直してしまう。
「え、なんっ……どうして?私、変な顔?」
表情に出ているのだろうか、ぱたぱたと自分の顔を触る。
蜻蛉さまはぽんぽんと私の頭を叩いただけで、私の問い掛けには答えてくれなかった。
「ぴっちぴっち、ちゃぷちゃぷ、らんらんらん」
バスタブに張ったお湯をすくい上げ、ぱしゃぱしゃと戯れてみる。ほこほこと立ち上る湯気で、私の口元はそっと綻ぶ。
お茶を淹れている間にちょうど溜まるくらいだ。浴室を出たとき、私の前に長身が立ちはだかった。
「帰ってきてから機嫌が良いな」
「!?、っなんで私の部屋に、って、わ、わっ!!」
腰に手を回され、動揺する私ごと引き寄せる。
「……蜻蛉さま?」
「貴様が機嫌が良かろうと良いことがあろうと、私には関係ない。しかし、つまらん」
「蜻蛉さま、淋しいの?」
「認めたくないがなまえ限定だ」
「面白い話とかじゃないんですよ。今日、学校の帰り道に歌が聞こえてきて……」
それは他愛もない夏の一コマ。特別も何もないありふれた話しを、蜻蛉さまは肯きながら続きを促す。身動ぎしてもなかなか放してくれないのでそのまま大人しくしていたけど、ほっと安心した。
話しながら気付かされる。蜻蛉さまは私やみんなのことをよく見ていると言うこと。誰よりも妖館のみんなが大好きだと言うこと。
私が、蜻蛉さまを思うとき、ほんの少し胸の奥がくすぐったくなることにも。
ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん。
その気持ちは、例えば、そんな音に似ている。
end.
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