前触れなく肩をぐっと掴まれ、一瞬だけどきりと胸が高鳴る。文字通り一瞬だったけれども。力の加減が分からないのかと文句を言いたくなるほど、ぎりりと掴まれた肩が痛む。
思わず、見上げて名を呼ぶ。

「沖田先生?」
「しっ……」

短く、しかし鋭く、沈黙を強制される。肩に力が入ったのは、黙っていろという言外に告げた警告だったのだと思い知る。
意に添うべく、私はなるべく気配を消して、息をも殺す。
視界は沖田先生に遮られて確認することはできないので、顔色を伺うしかない。

しばらくした後、空気が和らぐ。どうやら危機は去ったと見えた。何事があったのかは分からないが。そして、大凡の見当もつかない。沖田先生は雑踏の遙か彼方を厳しい顔で見つめていたが、その視線の先は人混みのみしか確認できない。

「もう戻って来ないかな」
「あの、なにか……?」
「君を攫おうとした連中がうろついてた」
「捕まえましょう」

飛び出そうとした私の肩をしっかり掴み、引き戻す。

「あのね、」

はあ、と嘆息する先生。私といるときの癖だ。

「こんな人の多いところで、僕と君二人で……捕まえられると思う?」
「私とあなたならできます」

きっぱり言い放つ。すっと沖田先生の顔つきが変わる。

「できますよ」
「──もし、できたとしても。土方さんに怒られるのは嫌だし、君はただでさえ目立つし、今は新撰組の沖田じゃないから。駄目」

思わず納得できないと言わんばかりの表情を晒してしまうが、それについて先生は何も言わず私の髪を一房手に取る。夕焼けに透ける淡い栗色の髪色。みんなと違う色。
両親からの遺伝か、はたまた病気なのか。幼い頃の記憶がすっぽり抜け落ちてしまっている私には、知る由もないことだけどこの容姿のおかげでだいぶ苦労を強いられる。
先生の手から、私の髪がさらりとこぼれた。

「すみません」

沖田先生は微笑すると私の頭をくしゃりと撫でて、衣を被せる。私の髪を隠すためのものだ。

「遅くなるとそれこそ怒られちゃうよ。なまえちゃん」
「はい」

雑踏に上手く紛れるようにして歩く。行き先は壬生の屯所。沖田先生は新撰組の一人で、今日はせっかくの休みだったのにも関わらず私に付き合ってくれた。
私は新撰組のお世話になっている居候といったところだろうか。前向きに捉えたらそう解釈もできる。私の立場というのはかなり不安定だ。勝手に一人でうろついたりすることは禁止されている。もし新撰組に不利益になることがあれば即座に首がなくなるだろう。

けど、私は、新撰組の人達が好きだ。
部外者ながらも手伝いたいと思う。

「なまえちゃんには鈴か何かつけないと心配になるよ」
「……私、ご迷惑おかけしてますか?新撰組の邪魔になるのなら屯所で大人しくしてます」

思わずうなだれてとぼとぼと歩いてしまう。自分という存在そのものが迷惑なのに、迷惑もあったものではない。

「その逆」
「え?」

首を傾げる私をよそに、沖田先生は穏やかに笑っている。これは教える気がないと言うことだろう。

橙色に町が沈む中、私たちは帰るべき場所へ進む。

end.

橙色

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