「みょうじ。実際の斬り合いを見たことはあるか」
「……?ないです」

木刀で素振りをしていたところ、斎藤さんが唐突に口を開いた。
私は素振りに夢中になっていたことと、いつも黙って見ている斎藤さんが珍しく問いかけてきたことに驚いて奇妙な間が空いてしまう。そんなことを気にするような斎藤さんではないけれど。それを肯定するように、彼はまた口を開く。

「実際の斬り合いは、己との戦いだ。派手に切り結ぶことは滅多にない。何故ならば、一太刀浴びればそれが致命傷になりうる故に。刀を抜き、相手と対峙する……その時間は長い」

滔々と語り出す斎藤さん。私は耳を傾ける。

「駆け引きを甘く見積もるな。敵は目の前だけじゃない、自分自身だということを、忘れるなよ」

夜の水面(みなも)のような表情を少し崩して、ふと笑った斎藤さんは良く励めと一言残し、私の頭を撫でてまた黙りに戻る。
その時、私はさして深く考えずに、また木刀を振るうのだった。



今になって、思い出す。やたら鮮明に。忌々しくなるほど鮮やかに思い出される。
浅葱色の羽織りは、すっかり赤黒くくすんでいた。満身創痍でその場に立っているのがやっと。いや、立っていられることが不思議でたまらない。

「さ、いとうさん……」

か細い声は、声ですらない。喉の奥がひゅうっと鳴った。

私の目の前には、肩で息をして傷だらけになった斎藤さん。浅葱色は血の色に染まり始め黒ずむ。
刹那、砂利を踏んだ音。綺麗な軌跡を残し放たれた一撃必殺の居合い切りは見事に決まった。先に倒れたのは敵方の方だった。ぱっと舞う朱色。ぴくりとも動かない敵は、すでに事切れていた。

「さいとう、さん」

恐る恐る、名前を呼ぶ声は、震えて。
けれど。

「斎藤さんッ!!」

斎藤さんの体がぐらりと傾いだ。悲鳴のように彼の名前を叫ぶけど、意味を持たない。地面と斎藤さんの間に慌てて滑り込み、その体を必死に支える。途端に香る濃厚な鉄の臭い。

「みょうじ、無事か」

声にならなくて、こくこくと頷く。それから横に首を振る。

「……どっちなんだ。はっきりしろ」

その呆れ声は溜め息混じり。

「斎藤さんが無事じゃないです」
「あんたが無事ならいい。傷一つ付けようものなら、俺にあんたを任せた土方さんに申し訳が立たん」
「で、も!でも!一太刀浴びれば致命傷になりうるって!」

そう言ったのは斎藤さんだ。なのにどうして立っていられるの。

「あんたが無事なら、いい」

私は何を喋っていいのか良いのかも分からず焦って、対照的に斎藤さんは穏やかだった。それが怖い。
最悪の結果なんて、認めない。認めたくなどないのに。どうして。

徐々に体が重くなり、支えている私も倒れてしまいそうだった。背中に回した腕に一層力を込めたが、力を失う成人男性の体を私が受け止められる筈もなく呆気なく二人で地面に倒れた。

顔を上げた先には、斎藤さんの白い顔。
細波の瞳は、まっすぐに私を見ていた。
斎藤さんの指はさらさらと乾いていて、私の首筋を優しく撫でる。あの時、頭を撫でてくれたような手付きだ――そう思ったらじわりと涙が滲む。
はだけた素肌に、ひんやりした唇が触れて体が竦む。

「ひゃ!んっ、……っ」

唇と唇が触れ合う。幽かな血の味が口内に広がった。
涙を流しながら、馬鹿みたいに斎藤さんを求めた。



結果から言うと、斎藤さんは無事だった。

後ろから再三名前を呼ばれているけど、敢えて無視した。ずんずん屯所の廊下を進む。とは言え、足の長さには大いに差があるので、程なくして腕を掴まれてしまったわけだが。

「なんですか」
「……みょうじ」

答える声が刺々しいのは自覚済みだ。
ただ、みょうじと呼ぶ声が、あんまりにも泡沫な響きだったので、不安になって振り返るとやはり斎藤さんは困惑した表情を浮かべている。

「致命傷という怪我もなく何よりです。ええ、熱もお引きになったようで安心しましたわ。どうかこれからもご自愛下さいませ」
「何を怒っている?」
「別に、怒ってなんか」

ふいと顔を逸らす。
あの浅葱色を汚していたあれはなんだったのかと、医務室に押し掛けた時に、斎藤さんは殆どが返り血だとけろっと答えたのである。斎藤さん自身のものではなかった、と。
何故あれほど疲弊していたかのか問えば、あんたを探して始終走り回っていたと答えられて穴があったら入りたい衝動に駆られたのはお分かり頂けただろうか。全ては私の早とちりに勘違い。

「嘘」を吐かれた。そう思った私はなんと幼稚なことだろう。勝手に傷ついて、馬鹿だ。

掴まれた腕に斎藤さんの手が食い込んだかと思えば、引き寄せられ、つんのめる。倒れ込むようにして、斎藤さんの腕の中にすっぽりと収まる。

「心配、させたな。すまない」
「……斎藤さん」
「なんだ」
「助けてくれて、ありがとうございました」

そう言うと、斎藤さんは私を解放して、また頭を撫でてくれた。拍子に、ポロポロと涙が零れてきて、もう一度ぎゅうっと抱擁されてしまえば最後の糸がぷつりと切れる。
泣きじゃくる馬鹿な私に、怪我がなくて良かったと笑う斎藤さんの声は耳に心地よく、どこまでも優しく響いた。

end.

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