「近くの村でいい酒をいただいたので、久しぶりに初期の面々で宴でも開こうではないか」

ある夜、ギーヴがそのようなことを言って十人にも満たない者たちを集めた。

パルス国の東端に位置するペシャワール城塞の近隣には、地図に名前も載らない小さな村がいくつかあるが、そのうちの一つの村をギーヴが訪問したところ、女性たちにえらく気に入られ、何本も酒をもらってきたのだという。
このような戦時下において、裕福な暮らしをしているわけでもない農民たちが貴重な食糧を他人に渡すなんて俄かには信じがたいが、彼にはそれだけの魅力があった。

銀色の月のようと称されるほど見た目は麗しく、武術も並の騎士を遥かに凌ぎ、琵琶を鳴らしての歌声には男でさえも聞き入る。

そんな完璧に思われる青年なのだが、彼の心の内はどうも屈折していて、素直でなくどこかひねくれた目を通して世界を見ていた。
ギーヴが「初期の面々」に限定したのは、単純にペシャワールに新しくやってきた者たちに振る舞えるほどの量がなかったということもあるが、新しい者たちに彼が心を開けないという事情の方が本音だった。

とはいえ、ギーヴが「初期」と呼ぶ、アルスラーンが王都を脱出してからペシャワールに入城するまでに彼に仕えていた者たちは、仲が良いとかそういうことでなく、深い絆で結ばれていた。十人に満たない仲間とともに数万の敵に挑むというまったく勝ち目がないかに思われた戦いを仕掛けた自負があったし、幾つもの危機を乗り越えた信頼関係があった。
それで、たぶん全員が、この時期にともにいた仲間たちのことを特別に思っていたので、彼の誘いを断った者は誰もおらず、揃ってギーヴの指定した場所に集合していた。



***



「さあ、ナルサス、あたしの作った料理食べてみて」
「無理やり勧めるなよ。ナルサス様には私の料理から食べていただくから」
「あんたは引っ込んでなさいよ!」

アルフリードとエラムが料理を持参してくれたささやかな宴は、いつもの彼らの喧嘩で幕を開けた。
見た目にも色鮮やかな料理と酒を囲むように、見慣れた顔が座っている。ギーヴはそれをぐるりと眺めると、満足そうに杯をあおった。
素直に認めるのも自分らしくないと思うが、やはり、この場所が落ち着くと感じたのだ。

「ここにいる皆が私を支えてくれた。おぬしたちがいてくれなければ、私はとっくに死んでいただろう。あらためて感謝するよ」

同じように、アルスラーンもこの場所の有り難みを噛み締めていた。
宮廷づとめなどしたくない、と貴族や王族を毛嫌いしているギーヴが、それでも何かしてやりたいと思わせてくれる少年が夜のような瞳を輝かせて言った。そのような言葉が聞けただけで、ギーヴには価値のある時間となった。



夜が深まり、空の酒瓶が増えてくると今度は食ではなく話がすすむようになる。
子どもたちの取り合いから解放されたナルサスはダリューンと、アルスラーンはエラムと、アルフリードはファランギースと話し込み出した、と思ったら、ギーヴの横からナマエがひょいと顔を覗かせた。
その顔の位置が意外に近くて、ギーヴはその横顔に珍しくドキリとする。

「ギーヴのお酒、美味しそうな色」

ナマエはとろんとした目付きで、彼の持つ杯の中を眺めていた。その酒は、ちょうど彼が最後の一滴を注ぎ終わったところだったので、もう残りはない。

「……飲む?」

「俺が飲んだあとだけど」とは言わず、すでにギーヴが口を付けている杯をナマエの前に差し出すと、彼女は何も考えていないようにぼーっとしたままそれを受け取り、縁に唇を寄せた。その唇がどうにも艶っぽくて、はからずもギーヴはその動作に魅入ってしまう。

「うん。やっぱりおいしー」

ふにゃふにゃした声を出しながらへらりと笑ったナマエを見て、ギーヴはつばを飲み込んだ。「あ、あれ、ナマエってこんな感じだったか?」と頭を掻く。
酒を飲んだせいか、彼女は頬が赤く、吐く息が熱い。肌が汗でわずかに湿っていて、髪も悩ましげに張り付いている。加えて、この明らかな無防備さ。
わかっていたとしても、それがギーヴの中の何かを刺激してくるのだ。



ギーヴが隣にいるナマエになぜかやきもきしているうちに、宴の時間はさらに進み、ほとんどの酒瓶が空になっていた。

ふと気が付いて辺りを見回せば、この場でまともに背を伸ばしているのはギーヴとファランギースくらいだった。
ファランギースがまったく酔う気配がないのはいつものことだが、他の大人たちまで潰れてしまっているのは珍しいことだった。
久しぶりに心を許した仲間たちだけになり、ペシャワール城塞という安全な場所にいるせいか、緊張感がなくなっていたのだろうか。
アルスラーンや若い面々は酒を飲んだわけではないが、いつもなら寝ている時間になっていたので、クッションにもたれすやすやと規則正しい呼吸をしている。ダリューンとナルサスもいつの間にか頭を抱え、眠ってしまっているようだ。もともと親友同士の二人では、酒もすすんだのだろう。
そういうわけだったので、「なんか熱くない?ギーヴ」と耳元でナマエに呼びかけられ、ギーヴは思わずびくりと肩を跳ねさせた。

「ん、あ、ああ」

まさにこの状況で彼女のことをどうしようかと考えていたので、ギーヴは気の利いた返事もできず、どきまぎした様子で頷くだけだった。

「身体がほてっているのだろう。少し風に当たってきてはどうじゃ」

そう言うファランギースは、静かに杯に口を付けながら、ギーヴのことをじっと見ていた。そして、ぼうっとしている彼を「おぬし、無事なら付いていってやらんか」と促すのだった。

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