宅飲みって、別に自分の家で飲んでるわけじゃないのに、どうしてこう気が緩むのだろうか。
バイトの同僚たちと鍋をして、かなり盛り上がっていた――のは覚えてる。
はっと気が付いて瞼を開けると、床の上に横になっていた。さっきまで隣で喋っていた女の子も、いつの間にこうなったのか全然記憶がないが、寄り添うように眠っていた。

いまや、足の踏み場もないくらいに男女が雑魚寝をしている状態だった。騒がしかった宴の残滓をかすかに漂わせながら、部屋は異様に静まりかえっている。鍋に睡眠薬でも入っていたのだろうか、というレベルでみんなよく寝ていた。

「礼、起きたの?外けっこう雪降ってるし、寝ていってもいいよ」

もぞもぞと身体を起こすと、家主の女の子から声をかけられた。予備の毛布を引っ張りだしている彼女は、こういうことは慣れっこなのだろう。
そういえば天気予報で今夜は大雪だと言っていた。カーテンと床の隙間からひんやりとした冷気が忍び込んでくる。まだ眠気が抜けないし、寒いのは嫌だし、明日はとくに予定もないし、甘えてしまおうか。

「うん、迷惑かけてごめんね。朝になったらみんな連れて帰るから」

抑えきれなかった欠伸を右手で隠しながら言い、彼女から毛布を受け取った。それを適当に広げて何人かを覆うようにかけていく。
騒ぎ疲れて眠りこけている同僚たちは、ほとんど起きる気配がなかった。トド松くんも、ソファに寄りかかって目を閉じていた。寝顔までなんとなく可愛らしいのだから、本当に徹底しているなあ、なんてぼんやり思う。
彼にも毛布をかけてあげよう、と立ち上がり、同僚を跨いで近付いた。
突然、トド松くんの手が伸びてきて腕を掴んだと思ったら、ぐい、と引かれた。驚いて声は出なかったけれど、バランスを崩して膝を付き、どん、と音を立ててしまった。

「しーっ。みんな起きちゃうよ」

ぱちりと目を開けたトド松くんの大きな黒い瞳に、ぽかんとした私の顔が映っていた。

「隣、座ってよ。礼ちゃんとお話したかったんだ。なんか全然目合わせてくれないし」
「いや……別に無視してたわけじゃないからね」

家主と何人かの起きている人たちがキッチンで鍋の片付けをしているから、手伝いにいかなければ。
そう思いつつも、私はトド松くんに言われるがまま、彼の隣に腰を下ろした。

「じゃあどうして?」
「……トド松くんが嘘ついてるのを黙って聞くのが嫌だから」

どうせ彼も酔っ払っていて朝には忘れてしまうだろう、と踏んだ私は正直に白状した。するとトド松くんは「も〜、あんまりハッキリ言わないでよ、傷付くから」と頬を膨らませる。

それは冗談のように言っているが、本気で嫌がっているように私には見えた。
彼はこれまで、誰かとはっきり言い合うような関係になってこなかったのかもしれない、とふと思う。誰からも甘やかされ、誰でも甘やかす。つまり、彼から伸びる矢印も、誰かから伸びる矢印も、彼を取り巻く関係はすべてドライだったということ。
私との関係が、怖いのかもしれない。ささやかとはいえ秘密を預けるほどの関係を、築いた実績がないのだとしたら。

「……まあ、私からみんなに言うことはないから安心してよ。黙っててあげるから」
「ん〜、それならいいんだけどさ、信じてもいいの?」
「いいって言ってるじゃん。そろそろ信用してよね」
「でも、だって、僕は礼ちゃんになんにもあげられないんだよ?」

隣に座るトド松くんは、私の服の袖を掴みながらいじらしい声を出した。可哀想だと同情を誘うその仕草は、彼の魅力なんだろうけど、それが本質なのか、ただそのようにあろうと装っているだけなのか。

「僕はお金もないから高価なプレゼントもあげられないし、なんにも約束できないんだから。礼ちゃんは僕の秘密を洩らそうって思ったら、すぐできちゃうよ」

寂しい人だな、って思ったでしょ。僕だってわかってるよそんなの。トド松くんは悲しげに溜息を吐いた。

彼はあまり人間が好きじゃないから、信頼も期待もしていない。大して興味もないのかもしれない。でも、寂しいけど寂しくないフリができてしまうくらいには、強いから、余計に孤独になってしまう。その中途半端な強さを、守ってあげたいような気がする。

「私は大丈夫だから。トド松くんを守ってあげるよ」

私は誰にも聞こえないような小さな声で言った。頬をうっすらとピンク色に染めている彼は、今起きていることをどうせ朝には忘れるのだ。
口に出さないだけで誰かを守れるのなら、簡単なことだよ、いくらでも出来ると思う。私じゃなくても、誰でも彼を救える。トド松くんが大学生のフリしてるなんて、正直「あっそう」で済むことかもしれないのだから。すべてが崩れ去るわけじゃないよ。人はそんなに簡単じゃないんだよ。

「あはは、そんな簡単にプロポーズみたいなこと言わないでよねぇ」

私の言葉が可笑しかったのか、トド松くんはくすくすと笑っていた。女子みたいに、可愛く可憐で、弱々しい笑み。そんなことを思っていたら、トド松くんが身を捩り、私の肩に手を置いた。

「じゃあ一生まもってね、僕と礼ちゃんのひみつだよ」

耳元に手をかざしてこっそりと囁かれた言葉に、心臓の鼓動が早まった。不自然な鈍さで首をまわしてやっと彼の顔を見返すと、女同士が噂話に興じるときのような無邪気さが、そこにあった。

「あれ、なんか礼ちゃんいい匂いする」

トド松くんは私の髪に触れて弄ぶように指に絡めた。伏し目がちになった甘い表情が、いつもの彼でないような気がした。

「なんか好きになっちゃいそう」
「……それよく言われる」
「え、好きになっちゃうって?」
「んん、いい匂いがするって方」
「ああ、そっちね」

冗談めかして話題を逸らすと、トド松くんは指をほどいて大人しく私の隣に座りなおした。相変わらず起きる気配のない同僚たちに、私は頭の片隅で感謝している。

「でも、いい匂いするだけじゃなくて、艶々でさらさらの髪で、いいよね女の子って」
「トド松くんていつもそういうこと言ってるの?」
「んーまあそういうこともあるけど、今は冗談じゃなくて本当のこと言ってるからね?嘘つくなって怒られちゃったし、礼ちゃんには通用しなそうだしさ」
「……」

トド松くんの言葉をうまく咀嚼して呑み込もうとしていると、それを待たず、彼は私の肩にこてんと頭を乗せた。

「礼ちゃんは僕にこんなことされても別に気にしてないし、ちっともドキドキしてないでしょ?ほんと可愛くないんだよねえ」

男の子のくせに、彼の髪からは甘い匂いが漂っている。唇や手のひらも、下手したらそのへんの女子よりもしっとりしているかもしれない。
それなのに、どうしようもなく彼は男の子なんだと思わされてしまった。緩みかけた唇をあわてて引き結ぶ。可愛いからって、油断していたかもしれない。

「……トド松くんだって別に慣れてるんでしょこんなの」
「慣れてないよ、僕、ドキドキしてるのわかんない?」
「わかんないよ、あんまり信用できないし」
「ええ〜、ヒドイなあ」

どきまぎしてしまって、うまく言葉を返せなかった。ただの可愛くてうすっぺらい男の子だと思ってたのに、どうしてか嘘に聞こえない。彼が嘘吐き体質なのも、こんなことを簡単にできてしまえるのも、わかっていたはずなのに。悔しいくらいに嵌められてしまっている。

「まあいいや。礼ちゃんとはゆっくり仲良くなるよ」

この気持ちの揺らぎは、はたして同情からくるものなのか、別の原因があるのか、よくわからない。ただ、心が砂漠みたいに乾いているこの男の子に、私のことを信じてもらいたいような気がしていた。守ってあげるから。こんな些細なことくらい信じてみて欲しい。私が守れるくらいに弱い男の子なら、なおさら。
二度目の眠気におそわれた私は、目を閉じながら「今考えたことを忘れたくない」と密かに想っていた。

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