あれからまたしばらくした後に彼女から気まぐれに連絡が来て、「ご飯でもどう」と誘われた。
約束を取り付けるわけじゃなくて「今からどう」という感じだったが、断る理由もない俺はすぐに承諾して、安物のサンダルで家を出た。呼べばすぐに来る、実に使い勝手のいい話し相手だなと自分で失笑した。

今日はまたはじめて行く店だった。
唯ちゃんと出会ってから、かなり行動範囲が広がっていた。彼女に連れ出されるかたちで、俺はどんどん知らない場所を知っていくようになった。
彼女と一緒にいるのは心地よかった。すでに彼氏がいる唯ちゃんは、自分になにも求めることはない。期待することはない。そういう関係が心底気楽でよかったのだ。
しかも、彼女に呼び出されるたびに、もしかしたら自分にもそこそこ価値があるんじゃないかって錯覚することができた。
俺とは本来交わることのない子が、俺を呼んで、俺を必要としてくれていた。
もはや、唯ちゃんと出会えてよかった、なんて漠然と思うようにすらなっていた。



店の奥の半個室みたいなところで、俺たちは向かい合って小さなテーブルに座った。
俺の視界には唯ちゃんしかいないのを見たとき、いつもこの調子で二人で会ってるのってどうなんだろう、とふと疑問に思った。
トド松に言われた「兄さん遊ばれてるの?」という言葉が、頭に蘇った。

ただ、深刻に考える必要はあまりないような気がした。
もともとこの関係をどうする気もないのだから、本人たちが居心地よければ別にいいじゃん、とかそういった感じで思考を放棄した。

「一松さんって、あんまり自分のことしゃべらないよね。兄弟がいるのは聞いてたけど、一卵性だなんて知らなかったよ」

意図せずまた唯ちゃんの言葉でトド松のことを思い出させられたから、俺は頭を振ってビールを飲んだ。

「唯ちゃんにきかれなかったから」
「普通、双子なの?とかわざわざ聞かないでしょ」

まさか六つ子じゃないよね?なんてなおさら質問しないだろうな。まあ訊かれない限り、あの兄弟たちのことは伏せておこうと思った。言いたくもないし。

「自分のこと話さない人ってさ、他人のことも話さないんだよ」
「まあ興味ないしね」
「私のことも他の人に話してないでしょ?」
「……まあ」

話の流れからいうと「唯ちゃんに興味ないから唯ちゃんのことも他人に話してない」ということになってしまったが、そうじゃなくて、彼女と俺とのことは秘密にしていたかっただけだ。
誰かがこの居心地のいい関係に割り込んでくるのが嫌だったから。

「一松さん友達あんまりいないタイプだよね?」
「いないんじゃなくてつくってないだけ」
「ふふ、私もあんまり友達いなくて、彼氏ができてから彼氏ばっかりだったんだよねー」
「……」

ただ、ひとりだけずっと俺たちの周りにチラついている影があった。
それが唯ちゃんの彼氏。たびたび話題にのぼって、いつもその存在を意識させられていた。
話さなきゃいいのに。なんでこの子俺といるのに俺じゃない男の話ばっかりしてるんだろう、と舌打ちをしたくなった。
冷静に考えたら、まあ彼氏なんだし別に話しても当たり前か、と思ったけれど、そいつがいるせいで……いや、いるおかげで、俺はいつまで経っても彼女の隣には立たなくてすむんだろうなとぼんやりと考えた。



歩いて帰れる距離だから気にしていなかったが、時計はいつの間にか深夜0時をまわっていた。
さてそろそろ帰るか、と店を出たが、けっこう酔いがまわっていて頭がぼーっとしていた。帰ったらもうさっさと寝て、風呂は明日でいいや、とか考えていたら、視界の端で唯ちゃんがふらふらとよろめいて、車道へ飛び出しそうになっていた。

「おい、危ない……」

車が来るのが見えたので思わず唯ちゃんの腕をひくと、彼女はそのままふらっと傾いて俺の胸におさまった。え、えっ?

「ふあ……ありがと……」

珍しく彼女はべろべろに酔っていた。無防備なふにゃけた表情に、心臓のあたりをぎゅっと鷲掴みにされたような感覚がして、俺は顔を背けた。

「ちょっと飲み過ぎちゃったかも〜」
「……帰れる?」
「大丈夫だよ〜」

語尾をだらしなく伸ばして笑った唯ちゃんはなんとかひとりで立って歩き始めた。
俺はその背中をしばらく眺めていたけれど、あまりに何度も何もないところで転びそうになっていたので、溜息をついた。

「家まで送ってく」

彼女の隣に立って言うと、彼女が嬉しそうに笑ったので、俺はまた目を逸らした。


next
8/21

back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -