唯ちゃんのことを好きだと自覚したのはいいものの、そうなるとまたいろいろと辛くなった。
なんであの子には彼氏がいて、二股なんて仕打ちを受けたにも関わらずまだ付き合ってるんだろう。
なんで俺はなんの役にも立たないクズニートなんだろう。

今夜も彼女と待ち合わせをしてはいるけれど、彼女の心の中にいるのは俺じゃないんだってことが、どうしようもなく腹立たしい。
とはいえ彼女が自分の方を振り向いてくれるなんてのはまずあり得なかった。だって俺は誰かと関わるのが心底面倒で、働くなんてもってのほか、他のクズ兄弟たちと比べても自分が一番クズだと自負するくらいダメな男で。
では果たして彼女のために自分を変えることができるだろうか?
でも、皮肉なことにこのゴミみたいなところが俺の個性かもしれなくて、それを無理やり変えたら別人になってしまうような、たとえようのない不安があった。
唯ちゃんが一緒にいてくれているのは紛れも無く今の松野一松という人間なのだから、むしろこのままでいいんじゃないか、とも考えていた。
ニートでいいなんて言ってくれる女の子がいるとは思えないけど。

だがとにかく、まあ、たぶん自分は前にも後ろにも進むことはないんだろうな、と考えたところで唯ちゃんが来た。
頑張って、どうにもならなかったときの方が辛い。どうせダメなんだから、と俺は考えるのをやめて唯ちゃんに向き直った。



いつものとおり、ふたりで店に入って注文をして、一緒にご飯を食べる。お酒も少し飲んで、彼女の他愛のない話を聞く。
今まではそれだけでよかったし、これからもこのままでいい。俺はゆらゆらと灯りに照らされた唯ちゃんの顔を見ながら考えていた。

唯ちゃんといると、俺は他のどんな時よりもこころが動く。
確かに俺は彼女のことが好きだ。昨夜そう自覚して、また顔を見たら、やっぱり好きだと真剣に思ったから、きっとこの気持ちは本物なのだろう。
でも彼女を求めるのはまた違う次元の話。なんの努力もしていない自分は彼女からこんな恩恵をうける立場にないんだから、一緒にいるだけで幸せだと思わなければ。

ぽーっとしながら彼女のことを見ていると、突然彼女のスマホが鳴った。

「わ……ごめん!」

いつもは音なんて鳴ったことがないから少し驚いたが、彼女の慌てようは普通じゃなかった。持っていた箸はぽろぽろとテーブルから零れ落ちて、彼女は呼び出し音ごとにスマホを見つめる顔を曇らせていく。

「出ていいよ」
「あ……うん」

「もしもし」と電話に出た彼女の声は掠れそうなくらいに小さかった。
彼女は何度か相槌をうってから電話を切り、申し訳なさそうに俺を一度見て、目を逸らした。

「一松さんごめん、ちょっと急用ができて、帰らなくちゃ」
「……もしかして彼氏?」

そう訊いた自分の声は驚くほど冷たかった。唯ちゃんは反射的に顔を上げる。
今までなら、彼女がいくら彼氏の話をしようと、堪えることができた。でももう違った。唯ちゃんは俺の好きな女の子になってしまったから、その子に「彼氏」がいることが、どうしてもうまく消化できなくなったらしい。

「彼氏でしょ」
「……う、うん」

唯ちゃんは目の据わった俺の顔は見ずに、言葉を選ぶようにして答えた。

「前から思ってたんだけど、なんでその男といつまでも付き合ってるの」
「え……」

彼女のことが好きだから、譲れなくなってしまう。唯ちゃんと一緒にいるだけで幸せだと思っていた生ぬるい自分が崩れていき、トゲだらけの姿を表していく。言葉が次の言葉を引きずり出して、胸の奥に沈んでいた黒い気持ちが吐き出される。

「唯ちゃんさ、彼氏に二股されたって言うけど、自分も似たようなことしてんじゃないの?」

そうして言葉は互いを傷付けはじめた。
彼女に八つ当たりするなんてどうかしてると思うけれど、どうしたら止まるのかもうわからなかった。

「少なくとも俺は今そういう気分になったんだけど」
「そ、そんなつもりで一松さんとご飯食べてるわけじゃないよ……」

話せば話すほど、傷が増えていくような心地がした。唯ちゃんの見開かれた目に涙がたまっていく。
ずっと、しずかに話を聞くだけの大人しい飼い猫だったのに、そうじゃなくなってしまって、怖くなった?

「じゃあ俺のことなんだと思ってんの」
「お、お友達……ではいけませんか」

彼女がはっきりと「友達」と口にした瞬間、俺の頭にのぼった血がさーっと引いていった。
ああもう、自分でもそうだって思ってたくせに。信じられないくらい彼女に賭けて、期待してしまっていたみたいだ。

「一松さんはどうしたいんですか」
「……やめた、帰る」

喧嘩を始めたのは自分の方なのに、謝ることもできず、俺は椅子から立ち上がってそう吐き捨てる。
一番大切だと思っていたはずなのに、それを自分の手で傷付けて壊してしまった。そんなの直視できなかった。直し方もわからない。徹底的に壊し尽くしてしまうくらいしか、自分にはできなかった。

「これだから他人に関わるとろくなことがない」

俺の言葉を聞いた瞬間、彼女は立ち上がって、鞄からテーブルに何かを叩きつけて、俺の横をすり抜けて店を出て行った。



……あれ、唯ちゃん泣いてた?

一瞬だけ見えた彼女の横顔に、何か光るものがあった気がする。それでやっと我に返った。

「……。……最低すぎる」

俺はへたり込むようにまた椅子に座って、テーブルに顔を伏せた。
彼女になんてことを言ってしまったんだろう。彼女に彼氏がいることは初めて会ったときから知っていたのに、こんなに我慢できなくなるとは思っていなかった。
ああもうホント終わった。死にたい。忘れたい。唯ちゃんのこと忘れたい。会わなきゃよかった。もともとうまくいくわけないってわかってたのに、なんでこんなにのめり込んでしまったんだろう。

グズグズといつまでも彼女のいなくなったこの席で沈んでいたかった。
けれどこのおしゃれな店に自分だけでいるのも耐えられなくなって、俺はまもなく席を立った。

彼女は1万円札を置いていっていた。これがなければ俺はひとりで店を出ることはできなかっただろう。俺って本当にどこをとってもクズで最低で、思わず笑ってしまった。



***



今日も彼女を家まで送っていって、あわよくば部屋で飲み直し、なんて考えていたけれど、全部水の泡になってしまった。
もう愛想尽かされてしまっただろうか、嫌われてしまっただろうか。彼女にとって都合がいいから俺を誘っていただけだとしたら、最初からそんなのはなかったのかもしれないけど。

彼女の家ではなく、松野家へ続く道を歩きながら、でも二股みたいにされてるだけ俺すごいんじゃないの逆に、と自暴自棄になって考え始めた。
ハイスペックな彼氏と、なんにも持たない六つ子のうちの一人。なにこの対比。いじめにもならない。
でもそんなことはもともと知っていた。ずっと浅い付き合いで気楽だったから平気でいられただけだ。自分が裏切られるのが嫌で、彼女のことが好きな気持ちをいつまでも偽っていたのに、想いが深くなったらこうも自分を抑えられなくなるとは。
唯ちゃんが泣くまで続けるなんて、あの子のことが一番大切で、大好きなのに、なにやってんだ、俺。

ふと、足が止まった。街灯に照らされた道は暗く均一で、面白くもなんともなかった。
唯ちゃんがいてくれたらな、と昂ぶっていた頭の片隅でしずかに想う。俺はあの子と一緒にいるだけで、他の誰もくれないものをたくさん与えてもらっていたのに。

唯ちゃんのことを忘れてしまいたいと思っていた頭の中が、また彼女のことでいっぱいになっていた。ああもう逆らえない。大好きなんだって、本当に。

彼女に謝りたい。俺が全部悪かった、もう彼氏がいてもなんでもいいからそばにいさせて欲しいと伝えたかった。ただもう一度顔を見て、声を聞かせて欲しかった。唯ちゃんに会いたい。唯ちゃんがいないともうだめだ。俺は唯ちゃんが好きなんだよ。

自分の心ひとつすら思い通りにならないな、と自嘲しながら、俺は街灯の下でくるりとUターンして、来た道を引き返していた。


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