なぁ、刹生と。
臣は俺を呼ぶ。甘く呪わしい声で。
男の嫉妬は見苦しいと、一蹴することはできなかった。
「シンキ……ああ、これお前の?」
俺の後ろ、耳元くすぐるような声だった。
トーゴが紡ぐ言葉は端的。なのに今のは、ちゃんと流れがあった。
ほわほわと、柔らかな言葉ばかり聞いていた気がする。でもさっきのはどこか、とげとげしい。
トーゴは自分のその世界の中にいれた者に対してはこんな風に話を、するのだろうか。
「これいいな、俺にチョーダイ、欲しい」
「今日は饒舌だな、おい」
俺を置いて、話が進む。
臣とトーゴはお互いにらみ合ったままだ。けど、トーゴのほうが余裕がある。
「刹生を返せ」
臣の声色に不機嫌さが混じってる。やばい、ぼーっとしてきた。
俺はこの成り行きがどうなるのか予測立てる事すらできない。
力もいまいちでない。だらんとそのままの腕を持ち上げられるのはわかった。
その手をまえているのはトーゴ。
手の甲に熱がともる。そこに口づけ、されていた。
「断る」
緩く、けれど強く。
トーゴは楽しそうに言葉を落とした。
なぁ、俺にこうやってちょっかいだすのは、俺のもくろみ通り?
臣があんたの世界の中にあるから、気を引くために俺を使ってる?
それともちょっとだけでも、俺はあんたの中にあるんだろうか。
きっと聞いても、答えてくれてもそれがホントかウソかはわからないような気がした。
少し楽になっていたはずなのに、このとげとげしい空気でまた息苦しくなる。
こてんと頭が重さで動いた。
「せっき?」
「もー……むり……」
もうどうにでもなれと。
俺は意識をまた落とした。
これは多分、夢。
ふわふわと足元はおぼつかない。
そういえば熱があった、とも思いだす。
俺はゆるゆると瞳を開く。するとそこは薄明るい場所だった。
なんだここは、知らない。
「お気づきになりましたか?」
「あ……はい……」
俺に落ちる優しい声。柔らかな声。安心する。視界にあったのは寮の、受付であった人だ。
「発熱しておられます。部屋におひとりよりは心地よく過ごせるかと思い、申し訳ないのですが管理人室へ運ばせていただきました」
その言葉にありがとう、と小さくでた声で返した。
笑みを浮かべ、お水を飲まれますかと聞かれる。俺は頷いて答えとした。
「丙様達にはお帰りいただきました。殴り合いを始められても困りますし、ゆっくりできないでしょう」
まったく、この人の言うとおりだろう。
今頃何をしてるかもまったくわからない。喧嘩の続きでもしているのだろうか。
「今日はこちらでお休みください。今はゆっくり休まれるのが一番かと」
水をもらって、一つ頷いた。
その言葉に甘えるように布団の中にもぐりこむ。
管理人さんの部屋といっても、ベッドは十分柔らかくあたたかい。
あの人が使う場所を奪ってしまったな、と思ったけれども今動くのは億劫。
早く治してしまえばそれでいいのだ。あとでちゃんとお礼を言おう。
俺は言われるがまま、この場所でゆっくり瞳を閉じた。
うとうととしている中でかたんと物音が聞こえた。
ベッドの横に誰かがいる気配がある。それが臣なら、たぶんもう俺の顔を覗き込んで触れてる。
だから多分、管理人さん。心配してみてくれているんだろう。