04-6
 それから、臣はもう何も言わなかった。俺を傍において紙束をもちそれをずっと見ていた。
 腹の底では何か考えているのだろうけども、とりあえずは引いたらしい。
「あー、風呂借りていい?」
「俺を誘うのか?」
「死んじゃえ」
 風呂好きなの知ってるくせに。
 ものすごい声だったから、きっと表情もものすごく不細工なものを送っただろう。
 そんな俺に臣は笑って好きにすればいいと言った。
 時折、屈託なく笑う。
 なんだか卑怯だと思う。年相応の幼馴染の顔だ。
 立ち上がって風呂の湯をはる。どんなにめんどうでもこれはやる。
 好きな温度にしたいから。風呂場を見ると明らかに使ってない入浴剤とかがあった。
「……お見通しかよ」
 それは絶対、俺が使うと思ってそこにおいてあるモノだ。絶対臣はこんなもの使わない。
 俺のお気に入りが何個かおいてある時点でもう、理解されてると思う。
 ちょっと、でもこれ気持ち悪いよなとも思うけども。幼馴染だしということで忘れることにした。
 これが顔見知り、もしくは全く知らないやつのしている事ならば俺は警察に駆け込むだろう。
「これにしよう」
 ぽとっとハーブの入浴剤を落とす。湯がはられることにはここはいい香りだろう。
 けど、なんだか風呂場から出るのが億劫で俺はそこに座りこんだ。
 湯気があがってくる。タイルは冷たいけど、空気はあったかい。けど、ずっとここに居るわけにもいかないから俺は浴室をでた。
「あ、服とかないや……」
 けど、多分臣が持ってる。うーん、幼馴染といえど、他人の下着とか服とか常備はどうなんだろな。
 まぁ別にいいか。
 そう思って臣に言うと洗面所にお前専用の引き出しがあるという。
 俺専用とか、この風呂みたらここに通うと思ってやがったな。だがその通りだ。
「風呂好きを利用するな」
「お前が釣られてるだけだ」
 こうゆうふうに話をしていると、普通の幼馴染なんだけどな。
 本当に普通の。
 言われて戻れば確かに、俺に丁度良いもんばかりがそろった引き出しがあった。
 やっぱりこれ、他人にやられるのはちょっと怖い。そう思ったけど飲み込んだ。
 多分これは、文句をいってもそれがどうしたって言われて終わる気がするから。
 臣にドン引きしながら風呂に入る。
 鍵はしっかりかけた。ゆっくりしたいのに入ってこられたら困る。というか邪魔。
 湯船に長々と身体を伸ばして一人の時間ができる。
 朝から色々考えてはいた。
 あの人の中でねこだった俺。ばさばさの伸びきった髪。多分、あの格好と今では差がある。それでもそうかもしれないと、あの人は声をかけてくれた。
 もう一度、ねこになりたいのか。
 それとも刹生と、セッキとして認識してほしいのか。
「セッキ、だよなぁ……」
 ぱしゃんと湯を揺らして、少し深くつかる。
 ぐるぐると巡った思いは今はない。朝は取り乱したけれど、今は落ち着いているのだと思う。
「とーご」
 反芻するその響きが、切なくて愛しいような感覚。
 トーゴは臣に、シンキのことは意識の内側にある様子。だからその傍にいれば、視界に入ることもある。
 けれど、どう映るかが問題だ。
 臣を受け入れて、その視線をこちらに向けさせることが果たしてできるのか。
 そもそも、次にあったときに彼が覚えていてくれるのか。
 大きな問題だと思う。彼が覚える基準というのはまったくわからない。
「そういえば……もうひとつ」
 もうひとつ、彼が紡ぐ名があった。
 メイ。
 それは一体誰なのだろう。俺は知らない。
 でもそれは今はいい。まずはどうやって、臣とトーゴを接触させるかだ。
 俺がトーゴの居る場所にいけばいいだけかもしれないが、彼がどこにいるかがわからない。
 そして臣がついてくるかも、わからない。十中八九ついてくるだろうけども。
 もう少し使ったら風呂からあがろう。
 どう転がっても後悔はしない。そう決めたから。


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