02-4
 トーゴが噴水から離れて、俺の方へくる。
 彼のほうが身長が高い。ちょっと屈むように俺の顔を覗き込む。
 そしてじっと、真っ直ぐ見る。
 今まで、こんな近い距離でなんて一度もなかった。
 自分の顔が、彼の瞳の中にある。今、俺をみていてくれている。
 けど、不思議そうな表情で彼は離れた。
 どっちだろう、と一言呟いて。
 何が? 何がどっちなんだろう。
「あの」
 声をかけても、ふいっとそっぽ向かれた。そして噴水に戻って座る。
 ダメだ。
 これじゃやっぱりダメだ。彼と接点が生まれない。
 普通に声をかけて、傍に寄るだけじゃ無理なんだ。彼と敵対しないと、意識してもらえないのだろうか。
 やっぱりそれしかないのだろうか。
 そうなると、やっぱり俺は臣の手を借りなければいけない。
 臣ならば、きっとトーゴも興味を持つだろう。いや、もう持ってるのかもしれない。
 臣の気をトーゴに向けるのはきっと、とても簡単だ。でも、気取られないようにしないと。
「ここ、座れば?」
 そんな、思いをめぐらせていたら、彼から声がかかった。
 どうするんだ、という視線。
 トーゴが何をどう思って過ごしているかは誰にもわからない。だから突飛ないことはよくあるのだけれども。
 興味なさそうにしていたのに、呼ばれた。
 少しうろたえてしまう。
 けれど、トーゴの隣に俺は座った。
 何をどうしたらいいのかわからなくて、視線は下降する。
 喋らない。俺たちはただ、何も話さないままだった。
 けれど、トーゴの意識が俺に時々向いているのはわかった。
「ねこ」
「猫?」
「ねこ?」
「俺は、猫じゃないけど……」
 ねこ?
 猫だよな。俺が猫の形にでもみえるんだろうか。
 さすがにそれは、ないだろう。こうして話もしているのだから。
「そっか」
 俺からの答えに、もういいやとでもいうようにトーゴは立ち上がってどこかへいく。
 ああ、離れられた。これは追いかけていいのか。
 いや、もう今、俺に興味はないのだろう。
 俺は彼の端っこでもいい。捕まっただろうか。
 何も解らない。けれど、彼と出会えた。出会えたのは、事実だ。それが、俺は嬉しい。
「ふふ……」
 知らずにもれる声がおかしい。こんなに嬉しいと思ったのは久々だ。
 どうしよう、こんなにも嬉しい。
 この気分の良いまま、今日始まるのがとても嬉しかった。
 心踊るまま、寮の部屋に帰る。
 そうするとそこに、コウがいた。
 そして呆れたような視線を、俺に向けてくる。
「何した?」
「え?」
 問われている意味がわからない。
 俺が聞き返すと、トウゴと会っただろうといわれた。
 なんでもう、知ってるんだ。
「トウゴから珍しくメールがきてた」
 その一文で、コウは察したらしい。
 何を?
 というかなんで、俺と彼の間に割って入ってこれるわけ?
「……俺は言ったと思うんだけど、な。ちゃんとあいつの世界にいるよって」
 その言葉には覚えがある。
「ねこいない」
「ねこいない?」
 ねこ。
 ねこは、彼がさっき言っていた。なんだかひやりとするものが背筋を走る。
 ねこ。
 ねこ、ってなに。
「トウゴにとってのねこってのはセッキだよ」
 意味が解らないままに、爆弾落とされたような気持ちになった。
 俺が否定した言葉が、彼と俺を繋ぐ一端。その可能性だったことをすぐ、理解した。


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