トーゴが噴水から離れて、俺の方へくる。
彼のほうが身長が高い。ちょっと屈むように俺の顔を覗き込む。
そしてじっと、真っ直ぐ見る。
今まで、こんな近い距離でなんて一度もなかった。
自分の顔が、彼の瞳の中にある。今、俺をみていてくれている。
けど、不思議そうな表情で彼は離れた。
どっちだろう、と一言呟いて。
何が? 何がどっちなんだろう。
「あの」
声をかけても、ふいっとそっぽ向かれた。そして噴水に戻って座る。
ダメだ。
これじゃやっぱりダメだ。彼と接点が生まれない。
普通に声をかけて、傍に寄るだけじゃ無理なんだ。彼と敵対しないと、意識してもらえないのだろうか。
やっぱりそれしかないのだろうか。
そうなると、やっぱり俺は臣の手を借りなければいけない。
臣ならば、きっとトーゴも興味を持つだろう。いや、もう持ってるのかもしれない。
臣の気をトーゴに向けるのはきっと、とても簡単だ。でも、気取られないようにしないと。
「ここ、座れば?」
そんな、思いをめぐらせていたら、彼から声がかかった。
どうするんだ、という視線。
トーゴが何をどう思って過ごしているかは誰にもわからない。だから突飛ないことはよくあるのだけれども。
興味なさそうにしていたのに、呼ばれた。
少しうろたえてしまう。
けれど、トーゴの隣に俺は座った。
何をどうしたらいいのかわからなくて、視線は下降する。
喋らない。俺たちはただ、何も話さないままだった。
けれど、トーゴの意識が俺に時々向いているのはわかった。
「ねこ」
「猫?」
「ねこ?」
「俺は、猫じゃないけど……」
ねこ?
猫だよな。俺が猫の形にでもみえるんだろうか。
さすがにそれは、ないだろう。こうして話もしているのだから。
「そっか」
俺からの答えに、もういいやとでもいうようにトーゴは立ち上がってどこかへいく。
ああ、離れられた。これは追いかけていいのか。
いや、もう今、俺に興味はないのだろう。
俺は彼の端っこでもいい。捕まっただろうか。
何も解らない。けれど、彼と出会えた。出会えたのは、事実だ。それが、俺は嬉しい。
「ふふ……」
知らずにもれる声がおかしい。こんなに嬉しいと思ったのは久々だ。
どうしよう、こんなにも嬉しい。
この気分の良いまま、今日始まるのがとても嬉しかった。
心踊るまま、寮の部屋に帰る。
そうするとそこに、コウがいた。
そして呆れたような視線を、俺に向けてくる。
「何した?」
「え?」
問われている意味がわからない。
俺が聞き返すと、トウゴと会っただろうといわれた。
なんでもう、知ってるんだ。
「トウゴから珍しくメールがきてた」
その一文で、コウは察したらしい。
何を?
というかなんで、俺と彼の間に割って入ってこれるわけ?
「……俺は言ったと思うんだけど、な。ちゃんとあいつの世界にいるよって」
その言葉には覚えがある。
「ねこいない」
「ねこいない?」
ねこ。
ねこは、彼がさっき言っていた。なんだかひやりとするものが背筋を走る。
ねこ。
ねこ、ってなに。
「トウゴにとってのねこってのはセッキだよ」
意味が解らないままに、爆弾落とされたような気持ちになった。
俺が否定した言葉が、彼と俺を繋ぐ一端。その可能性だったことをすぐ、理解した。