入った部屋はこじんまり。共有スペースには小さなソファセットがあって、俺たちは今そこに向き合って座っている。
ソファの上に胡坐をかいて。別れた時は茶色だった頭の色が黒とのまだらになっていた。襟足だけ長い髪。軽薄そうな顔。右耳に一つ、左耳に二つあいた穴には今は何もない。
あの人の幼馴染である彼は――津久野 庚矢(つくの こうし)というらしい。
そうか、それでコウだったのか。
なんて呼んだらいいだろうかと聞けば、何でもという。
今までのようにコウと呼ぼう。学校の中では名前は呼ばない。
「ま、部屋の外ではお前と関わってないようにしとくからさ」
「そうしてくれるとありがたい」
「にしても……本当に、外でもそうだったけどべったりだなぁ」
「ああ……臣、ね」
臣、それが幼馴染の名前。
丙 臣(ひのえ おみ)。
整った顔は、コウとはまた別の美形なのだろう。あれは王様だ。少し色素の薄い茶の瞳に真っ黒な髪。年よりも大人びえて見えるその風貌は、表情一つで子供にも大人にも変わる。
壬と丙は相反するけど、そうではない家だ。昔からの長い付き合い、のような。
二つの家は仲が良い。好意を向けあうような、そんな空気だ。
束縛、執着。そういうものがなければ、臣はとてもいいやつだとは、思う。
けれどそれを俺に向けている限りは、俺にとって臣は幼馴染以外の何でもないのだと思う。
友達とも違う。親友とも違う。幼馴染という誰よりも長く知っているやつという立ち位置。
「酷いこととかはされてはないんだよ、な?」
「うん、まだない」
子供心ついたころにはもうキスはしてた。深いほうも、中学あがるころには。
気持ちが悪い、という感覚はなかったが決して、好んでするものではないなと思ったのを覚えている。
その先は、きわどいところまでいったことは数度ある。だからまだ臣は譲歩して我慢してるんだと思う。
基本的には、俺の気持ちも一応、尊重はしてくれている。だからこそ、その束縛を嫌だと思いながらも許容していたのだ。
けど、あの時はそうじゃなかった。
俺の意志を無視のような形でそんなことされて、余裕なくなって。周囲にあわせた自分と本当の自分との軋轢に耐えれなくなって。
逃げたわけなんだけど。多分、それが原因だとは臣は思ってない。傍にあって然るべきと思ってるだろうから。
けど、俺が次に臣の気に入らない事をしたらきっともうだめだろう。あれの本性もまた、暴君だ。
嵐だ、暴風だ。荒れれば、きっと誰も抑えられない苛烈さで全てを潰す。
それが俺であってもだ。
完全に出口、塞がれてしまうような状態になると、思う。
そうなる前に、俺はあの人に会いたい。
「なぁ、あの人は?」
「ああ、あいつ? 学校のどこかにはいると思うけど」
所在はわからない。そうコウは言う。部屋はあるがいるかどうかは知らない。
携帯鳴らしても、メールをしても反応が基本的にはない。けど、時々思い出したように返してはくるらしい。
生きてる、とか。眠い、とか。
そんな一言だけで。
いいなぁ、と俺は呟く。
そんな言葉にコウは苦笑を漏らすだけだ。
彼と繋がりがある、コウが羨ましい。俺よりは、彼の世界の中にいるのだから。