彼の元から離れて、俺は古巣に帰った。
そこは逃げ出してきた場所でもあって。此処で自分がどうあるべきなのかもわかっていたのだけれども。
ここでの俺は、明るくて楽しくて、正しくて。みんなを否定せず受け入れる。
いつも笑って、前向き。本当は吐き出したいイラつきだってある。それを見せないことを望まれる俺。
そんな、無理がある自分。それを演じる事に俺の心は限界を迎えていた。
けれど、それすらも耐えてみせると思った。
ただいま、という一言に俺の姿をみたみんなは驚いていた。
そりゃあ、そうだろう。
俺は消えたのだから、みんなの前から。何も言わず。
みんなは喜んで、俺を迎えてくれた。
お前がいなくて寂しかった、とか。
どこにいってたのか、とか。
もうどこにもいくな、とか。
彼らの俺への依存。それが苦しくて姿を消したのに。
それが嫌になってこの場所から逃げたのだけれども。
一瞬、逃げたいという気持ちが生まれる。それを押し留めて、押し殺して俺は笑った。
彼の世界の中にはいるには、この古巣の皆の力が必要だから戻ったのだ。
なかでも、そう。
この古巣を仕切る彼の力が。
「ただいま……」
「どこ、消えてたんだよ……!」
俺を目にするなり抱きついて、そこに居る事を確認する彼。俺の幼馴染。
いつまでたっても、変わらない幼馴染だ。
ああ、こいつが一番俺をゆがませ、俺を求める根幹。
「やっぱり、ずっと一緒にいなきゃだめだ」
「なんで?」
「目ぇ離したらいなくなるだろ」
「いなくならないよ」
ウソだ、と言う視線。そう、ウソであってる。
そこを見抜いてもいるんだ、きっと。
俺のこの皆の前での性格は、幼馴染がそうあるように言ってしてたものだから。吐き出し口を自分だけにして、俺をずっと捕まえていたのだから。
幼馴染は俺の本性を知っている。
後ろ暗くて、何事にもどうでもよくて、執着を持つ事の少ない俺のことを。
けれど、執着すればそれ以外は何をなげうってもよくなることも。
そうして、幼馴染は俺の執着を自分に向けようとしていたけれど、彼のほうが俺に執着するような形になってしまった。
そして、俺はアレからずっと幼馴染に囲われるみたいになっている。
これも覚悟はしていたことだ。
溜まり場の一室に引きこもって二人っきり。
幼馴染が俺に恋情を抱いてるのも知ってる。手を出してこないのは、彼なりの譲歩なのだろう。
俺を逃がさないための、だ。
「……もうすぐ、学校が始まるね」
「そうだな」
「俺も、お前と同じトコに行こうかなぁ」
「は?」
だから、と俺は同じことをもう一度紡ぐ。
幼馴染のいる学校に行こうかなぁとどうでもいいことのように、今思いついたことのように。
でも、これはずっと思っていたことだ。
幼馴染のいる学校には、あの人がいるから。
俺はあの人の世界に映りに、幼馴染の傍にいることを選んだのだから。
幼馴染は俺のいう事に喜んだ。これでいつでも一緒にいられるって。
幼馴染の親と俺の親は仲が良かった。高校に在籍はしているが通ってはいないような、頭はそこそこに優秀な俺。
親は最初から一緒にいっていればいいのに、と文句を言いながらも編入にOKしてくれた。そもそも、俺が夜遊びするのをよく思ってはいなかったからというのもあるのだろう。
幼馴染の通っている学校は山奥の全寮制の学校だ。もうそんな事はできなくなる。
休みの折にそこをぬけだして、彼らは遊びにきていたのだ。
そう、そして短い春休みの間に俺は彼と出会った。
もちろん、そんな短い間に色々手が回せるはずもなく、俺の編入はGWのあとになった。
本当なら、これはないのだろうけども幼馴染と懇意にしている家であり、そこそこ名の知れた家だったから許可が下りたのだろう。
幼馴染は、その学校で生徒会長をしている。そんなこと、今までどんな学校にいってるかすらも興味がなくて初めてきいた。
あの幼馴染が生徒会長とか、その学校のやつらの頭はいかれてるんじゃなかろうかと、俺は思ったわけだが。
まぁ、そんなのは関係ないわけで。
どうだっていい。
俺はこの学校で、彼と出会って、彼の世界に映りたい。
嫌われても、なんだっていい。俺は彼に意識して、もらいたい。
きっと、彼は今の俺と会っても、あの俺だとは思わないだろう。
彼に助けて貰った時の俺は、ぼろぼろの汚くて臭い服装のままぼさぼさの茶髪に目も隠れてみえなかったから。
解るのは口元の表情だけ、みたいな。
今はちゃんと髪も身形も整えて別の人間のように思うだろうから。
でも、もし。
もし、彼が――俺だと気づいてくれたのなら。
俺は少し、期待してもいいのだろうかと思うだろう。
彼の瞳に、彼の綺麗なあの水の瞳に俺が映っていたことを。