学校帰り、髪が伸びたなと也壱は前髪をひっぱった。
自分で切ってもいいが、まぁたまにはと目についた美容室の扉を開ける。
目についた初めての店、ガラス越しに客が今はいないのでいけると思ってだ。
「いらっしゃいませー」
「あ」
「あ、やいちくん」
これはる、と也壱は呟く。
働いている場所は探すつもりだったのだが、こんな風に見つけるとは思っていなかった。
「これはる、ここが仕事場か」
「うん。あ、ごめん。これはるじゃなくてこっちで」
ね、と指差すのはネームプレート。かわいらしい丸文字で『いち』と書かれている。
「……?」
「お仕事の名前は、別だから。漢字でこう書くんだよね」
これはるとは、惟治と書くのだと紡いだ。だから『いち』。
そして、それでと言う。
「ほかに手が空いてる人いるけど、俺が切る?」
「……おう」
じゃあこっちへと案内される。
椅子に座って、どうするのと聞かれ也壱は適当と答えた。
「……それは、俺の好きにしていいと?」
「まぁ、坊主とかじゃなけりゃ」
「前髪は?」
「邪魔にならなければそれで」
わかったと言って用意が進む。
これはる楽しそうだなぁと、也壱は鏡越しに眺めていた。
鋏を持つ手が動く。しゃくりと音が良く聞こえた。話しかけては来ず、楽しそうにしている。
ぼさぼさとまではいかないが髪が少しずつ整っていくのがわかった。
頭の上のほうは短く、襟足のほうは軽くなっているが長い。
前髪は短く、眉の上だ。
「はい、終わり」
「前髪、短ぇ……」
「邪魔にならないようにしてあげましたー」
けらけらと笑ってお疲れ様と惟治は言う。
「あ、御代いいよ。俺、早めにでてきてまだ仕事してるわけじゃなかったし」
「は?」
「ちょっと遊ばせてもらったし」
「……それは、だめだろ」
別にいいのにと惟治は言うが、也壱は納得がいかない。
じゃあ割引と半額払っていると次の客がやってくる。
「あ、いらっしゃいませ。ちょっと奥で待っててくれる?」
「うん、いち君に切ってもらうの楽しみー」
「俺も、楽しみー」
やってきた客を奥に通して、ほかのスタッフに案内お願いと惟治は任せる。
そして也壱の方を振り返った。
「今日も待ち伏せする?」
「気が向いたらな」
「不機嫌そうだねー。俺がお客さんに優しくするのに妬いたー?」
からかうような声に、也壱は押し黙る。
それは認めたくないようで、認めそうになっていたことだ。
ほかの人と話している姿にざわつく。気に入らないと思っていたのは事実だ。
否定も何もしない、それにあれと惟治は瞬いた。
「もー、子供だなぁ」
笑って、ポケットから飴玉出す。
この前と同じようにされるのかと身構えたが、それは指で口の中に入れられただけだった。
「飴ちゃんあげるから、機嫌直して」
「それくらいでなおる機嫌じゃ、ねぇよ」
也壱は笑う惟治にまたなと告げて出ていく。
「イチゴしかねーのかよ」
また口の中が甘いと也壱は思う。
けれどそれは別にいやではなかった。
いつも通る時間までどこかで時間をつぶして、そして捕まえてやろうと口の端はあがる。
やいちくんは高校生らしい。