お月様の下
 世界には人以外のものもあふれている。
 自分だって、人ではない。人に見えるがそうではないものなんて、そのへんにいくらだっている。
 獣人、機械人、地底人、淫魔、花羽人、他にもたくさんいるのだ。
 頭上の月を見上げる。
 細い路地裏、喧嘩帰りに腰を下ろしたそこは薄暗く、ひどく居心地が良かった。
 大きな通りから少し入った所にあるそれは遠上也壱(とおがみやいち)にとってお気に入りの場所。
「は」
 声になるほどの吐息吐けば白い。もう冬かと也壱は笑う。
 壁に背を預けて煙草ひとつ。ふ、と深く吸い込み吐き出せば紫煙がくゆる。
 一服して帰ろうと思ったその時だ。
 大きな通りの方から人の歩いてくる音。
 この道は自分くらいしか使わないものと思っていたから興味引かれて視線を向けた。
 自分のテリトリーに入ってきたものに対する威嚇の視線。それを向ければ、向けられた相手は笑ったのだ。
 暗い中でわかる白い服。瞳は薄暗い金色だろうか。髪の色はおそらく、赤だ。
 その男はへらりと笑っていなしてしまう。
 それに腹が立つような、苛立ちを感じて通り過ぎる間際に向かいの壁をけるように足つけて通せないようにしてやった。
「……煙草は早いんじゃないの、未成年」
「うるせぇ」
「通してほしいんだけどな」
 はは、と笑って男は加えていた煙草を細い指で奪っていく。
「体に悪いよー。うわ、まっず……」
 そしてそれを加えて一吸い。けれどげほっと咽て壁に押し付け火を消してしまった。
「口さびしいなら飴ちゃん食べなよ、ほら」
「いらねぇし」
 ごそごそと男はポケット探って飴を取り出す。包みまでご丁寧にあけてはいと差し出してきた。
 眉顰めて言うと、笑ってそれを口に含む。
 含んで、男は也壱の服を掴んで顔を引き寄せた。
「っ!」
 そのまま口づけて、舌で飴を押し込んでくる。口腔を瞬間、舌で撫でるおまけつきだ。
「な、なにするんだよ!」
「ごちー。あっは、おなかすいてたし俺への迷惑料だよー」
 ふふと笑う男のその言葉と、どきどきしている自分の気持ち。
 それを合わせて目の前の男が何か知った。
 淫魔だ。それは人の情動を糧にすものたち。
「ま、これに懲りたら俺にちょっかい出さない方がいいよ」
 遊ばれるだけだからさと笑って男は肩押して通り抜けていく。
 呼び止めるタイミング失って、也壱は男の背中をただ見ていただけだった。
 口の中にある飴玉をがり、と噛み砕く。
 イチゴ味は妙に甘かった。







ついでに後日。



「あれ、君、またいるわけ?」
 今日も飴ちゃんあげようかと、男は笑うのだ。まるではまってしまったんだよねと、心内を見透かすように。
 いらねぇと也壱は答えて、なぁと紡ぐ。
「ここ、あんたの帰り道か何かなのか」
「うん、近道だね。君も毎晩くらいいるよね」
「……名前、は?」
「通りすがりにそれを聞くのはどうかと思うけど?」
 ち、と舌打ちする。確かにそうなのだ。
 名前など求めなくていいはずなのに、聞いてしまった。
 也壱は視線外して困ったと一層眉寄せる。
「やいち」
「?」
「俺は、也壱」
「あー……名乗ったから名乗れってことね。もう」
 仕方ないなぁと男は言って。
 これはる、と落とした。
「これはる」
「なに、やいちくん」
「なんでもねぇよ」
 そう言って、也壱は笑った。満面の笑顔ではなくて、苦笑するような、そんな笑顔だ。
「なぁ、明日も通るか?」
「明日は通らないね、お休みだから」
「何の仕事してんだよ」
「……ないしょー。仕事場その辺だから、探してみれば?」
 楽しげに笑う男はじゃあねと言う。
 あの口ぶりから考えられるのは探せばすぐにわかるということだろうか。
 也壱はぺろりと唇舐めて挑戦するように笑う。
 見つけてやる、と。






そんな出会い編。
趣味と勢い(いつもそうだけど)だけどこれはほんとに勢いしかないので。
なんかもうねたふったら増産系。


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