思い出す
「おにーさんは独り、なんだよねぇ」
「独りじゃねーよ」
 ううん、と目の前の少年が笑って首を振る。独りだよと。
「つながりはいっぱいあるけどぉ、独りだよぉ」
 心がね、と続く。
 言われて、そういう意味でなら確かにそうかもしれないと男は思った。敏い少年はいろんなことを見透かす。けれど深くは立ち入ってこないからこそ、口にすることを許せた。
「独り、っつーか……ふたりぼっち」
 そう、するりと口から零れた。少年にそれは聞こえたのかどうかは、わからない。
 ふたりぼっち。
 世界で二人きり。
 アルドという名の少年は常にそうだと思っていた。
 親の顔はよく覚えていない。けれど自分と弟を置いていった、という事実だけが深く心にあった。置いていかれたことに理由があったのかもしれないと思うことができたのは15を過ぎてからだったかとふと思い出した。
 ふは、と息が漏れる。
 突然にそれに目の前の少年は訝しげな表情を浮かべた。
「何……気持ち悪い……」
「あ? 別に、なんでもねーよ」
 言って、男は話を切り上げる。そう、と少年は短く返しふかふかのソファへと身を沈めた。
 そして寝る、と告げてのそのそとその場にあった毛布をかぶる。
 その緩慢な動きがもう今はいない弟と似ていて懐かしさと寂しさが胸をよぎる。その心の機微に気付いて、男は自嘲した。





 物心ついたらもうふたりぼっちだった。
 アルドという名の兄と、アイジという名の弟。
 置いていかれたかわいそうな兄弟――それが、村での立ち位置。幸運なことに村にはゆとりがあった。だからこの親のない子供達をそれぞれが少しずつ、養って育てることができた。
 本当に、幸運なことにだ。
 村の子供と一緒に遊び、学ぶ。その中で兄は恋をした。
 相手は村の女性。隣に住み、いつも気にかけてくれる優しい女だった。彼女にあてて手紙をしたためる。
 幼い子供の稚拙な言葉。けれど思いを込めて紡いだそれは誰にもわからない場所に隠した。隠したはずだったのだが。
「ぼくは、おねーさんのことがだいすきです。おおきくなったらけっこんしてふーふになってください」
「気持ちは嬉しいけど……ごめんね?」
「ううん、これぼくじゃなくてにぃちゃん」
 にこにこと、良いと思ってやったと周囲には思われた。けれどそれは兄をとられたくないという弟の強い思いゆえの行動だ。
 好きと綴った手紙を村の真ん中で読まれた兄はたまったものではない。恥ずかしくて家に閉じこもったがそんなのも3日たてば立ち直った。 
「アイジ、一発でいいから殴らせろ」
「えー、やだよ。にぃちゃん思いっきりやるから」
 うるさいと一発、軽く頭小突いて終わり。
 何かあっても、少しだけもめて二人はそれで終わりにしていた。ふたりだけなのだから、ふたりしかいないのだからと。
 成長を重ねてアルドが10、アイジは6。やがて兄は村で行われる神事に興味を持った。興味を持ったが、その舞手になろうとは思っていなかった。
 それは置いていかれた、ある意味余所者の自分がするものではないだろうと思っていたからだ。
 男がひとり、背中に龍を背負って扇で舞う。男がひとり、背中に鳥を背負って剣で舞う。その間で女がひとり、鈴をもって舞う。
 村の少年少女がそれを成す。誰もかれもがやりたいと思うそれはある種、ステイタスのようなものであった。が、それを請負うためには男は背に龍か鳥か、背負う必要があった。それを背負うには激痛が伴う。背に色を入れ彫るのだからだ。
 それを思えば、親は子にそれを進んでさせたいとは思いはしなかった。
 そして――アルドが10になった時、次の祭を最後に鳥の舞手が年嵩を理由に辞する事になった。それは16の春までと決まっていたからだ。
 鳥の舞手がいないとなれば豊穣を願う祭ができない。
 他にも子はいたが、背に負う事を理由にいやだと言われ、お前しかいないのだと話を持ってこられた。ならば、育ててもらっている恩もある。頷くしかなかった。
 背に負うための痛みは10の子供にとっては想像を絶するもの。けれど黙って、泣きはしたが喚きはせずそれをアルドは受け入れた。
 受け入れ、その痛みが引く頃には先の舞手の少年達より神事の舞を習った。
 もともと仲が良かった、兄のような少年達がそれを務めていた。舞を習うことは楽しく、そしてすぐに上達し誰も何も言えなくなった。その様を弟は傍で見続けていた。
「にぃちゃんたち、俺も舞いたい」
「あー、どうだろうなぁ……」
 そんな弟の呟きにできるのだろうか、とアルドは舞手の少年達を見た。二人は村にいる子供を思い出す。
 可能性があるとすれば、アルドと同い年の、けれど踊ることを拒んだ子がひとり。そのほかは――まだ幼すぎる。
「俺も次と、その次を踊ったら終わり、だしなぁ……継げそうなのって……アイジだけか?」
 きっとアイジも舞手になるのだろうと少年達は思った。それならばとアルドに教えるついでにとアイジには龍の舞を。
 龍は扇をひらりと返し、鳥がその剣先を向ける。反するように踊り合い。動きとめれば女が鈴の音を持ってくるりと舞う。
 そしてアルドは11の時に舞手として完璧に、やってみせた。
 その祭りが終わった後、弟のアイジもまた背に龍を負った。まだ幼い事もあり時間をかけて少しずつ。それでも痛みは変わらない。アルドのときもそうであったが、アイジもまた声を立てて喚かずそれを受け入れた。
 痛みに強いわけではない。
 それでも兄がそうであったのだから、自分もと耐えたのだ。
 そして13の兄と9の弟で神事を成した。
 けれどこれを面白く思わないものもいたのだ。踊る姿を見、痛みにも耐えられるであろう年となったアルドの同年。舞手というのは皆から声を向けられ、日々の中でも大事にされる。
 無防備にさらされた背のそれは格好よくも勇ましくも見えたのだ。
 幼いと半ば言いがかりのようにアイジは神事の舞手を下ろされる。それはアイジにとって兄とともにある時間を削り減らされる事でもあり憤った。
 その憤りを押し殺す事は、アイジにはできた。けれどその怒りの蓋は叩き落とされたのだ。
 兄を侮辱されたことによって。
 相手の少年は年上であった。でもそんな事関係なく殴り倒した。顔の形など分からぬほどにだ。
 それは明らかに、やりすぎ。アイジは舞手の地位を剥奪され村より追い出される事になった。もちろん、それをアルドは覆すようかけあったがそれが覆される事はなかった。
 その勢いに大人達はアルドを牢に閉じ込めアイジと会うことを禁じた。その間に、アイジは村から放逐される。
 けれど、だ。
 アルドと共に舞っていた少女が牢の鍵をそっと開け逃げ出すのに手を貸した。
 生まれ育った村から離れる灯りを追って、アルドとアイジは共に村を出た。
 そして流れゆく生活が始まる。
 それは14と10の、春の事。


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