【女装レクシス、ランドールに街で遭遇】
※時系列的に、ちょっと未来のお話になります。
※いわゆる、夏休み。
日差しが強い。夏は嫌だなと額をぬぐった。汗の感触が気持ち悪い。
どうしてこうなったのだろうか、と思い返しながら帽子をかぶりなおす。
どうしてもどうしても! これを着てほしいとシノが差し出したワンピース。白地から裾に向かって青のグラデーション。丈は膝上程だろうか、というところ。
しかしこのワンピースの難点は前面ではなく背面だった。背中が大きく開いているのだ。
もちろん嫌だと断った。断ったが延々とお願いされ、これを着たら好きな本を一冊あげると言われ。さらにもう一冊と追加されたところでレクシスは折れた。
折れてしまったのだ。
着替えて、そのままお買い物に行きましょう! と連れ出され。
そして、はぐれた。
「僕はどうして、こんなの着ちゃったんだろう……」
物欲に負けたとレクシスはため息をついた。
ほてほて歩いて、街の中心にある噴水が目についた。そこで少し休憩していこうと向かう。噴水のへりに腰かける。同じように涼んだり、待ち合わせだったり。
なんとなく師団の詰所の場所はわかるがここからは距離がある。はぐれたのだから先に帰っても問題はない。ないはずだ。
「ええと……北通りがあっちだから……裏道通ると、この格好だと危ないかな……」
遠回りだが大通りを通って帰ろう。
裏通りは時折物騒な事が起きるのも知っているからだ。通ってもどうにかなるが、この服を汚したり何かあっては後が怖い。
よし、帰ろうと立ち上ったその時だ。
「シス……?」
控えめに、窺うように声がかけられた。
振り返ればラフな白いシャツに黒いパンツと軽装のランドールがいた。
帽子の下でレクシスは一瞬表情を強張らせた。
「な、なんでここに?」
なんでここにとはむしろ自分こそ思う事だ。皇族がふらふら歩いて、と思ったがキアティスもふらふら歩いているのでそこで考えるのをやめた。
「……お出かけです……」
「そう、だよな。いや、まさかこんなところで会うなんて思わなかった。ほんと、えっと、ひとり?」
こくりと頷く。その答えに小さく、よしとランドールは拳を握った。
そしてレクシスを見つめて、じゃあと紡ぐ。
「これから、俺と遊ばないか?」
「いえ、帰る予定なので」
「じゃあ、途中まで送っていってもいいか」
「……あの」
結構です、と断ろうと思った。けれどここで断ってもついてこられそうだとレクシスは思い踏み止まる。
そして少し思案して頷いた。
「……南七の通りまで、お願いしてもいいですか」
「! おう! 任せとけ、しっかり送ってやるよ!」
ありがとうございます、とレクシスは小さく微笑む。ランドールはそれだけで舞い上がる思いだ。
偶然出会った幸運に感謝したい。これは誰が何と言おうとも、デートだ。
行こうと言ってランドールは手を差し出し。レクシスは少し迷いながらも手を繋いだ。
「途中に美味いアイスクリーム屋があるんだ、寄らないか? 暑いし……あ、もちろんごちそうするから」
「あいすくりーむ……」
それはとても魅力的な誘いだ。それだけなら、と思いレクシスは頷いた。
あまりしゃべってぼろがでても、となるべく頷いたりで意志を伝えるようにした。
それでも、ランドールは自分が話しかける内容に反応してくれているのでうれしい。
「そうだ。シスには……兄とかはいないのか?」
「っ!」
「学校に、シスにとても似たやつがいてさ」
「……いません」
自分の話を、自分にされる。その奇妙さにレクシスは見えぬところで一つ息を吐いた。
ランドールはその答えにそうかと返した。その声色には落胆も何もないようだ。
この答えで納得してくれればいいのだけれど、とレクシスは思う。
「ああ、あそこだ」
と、明るい声でランドールはレクシスに呼びかける。
人の賑わい、暑い日だ。アイスクリーム屋は繁盛していた。
「人気なんですね」
「ああ。今日は特に暑いしな」
しばらく待っていると列が進んだ。種類は様々、目移りしてしまう。
「何にする?」
「……日替わりのを」
今日の日替わりはチョコベリーミックスらしい。チョコレートのアイスクリームに様々なベリーが混ざりこんでいる。
ランドールはそれを頼み、自分にもミルクを。
「ほら」
「ありがとう」
「ん、溶けるからはやくな」
ワッフル生地のコーンにのったそれを一口。冷たくておいしい、とレクシスは表情緩めた。
それをちらりと盗み見て、ランドールも微笑む。彼女の笑顔を見れてうれしいと。
近くの木陰の席に座ってアイスクリームを食べる。本当にデートだ、これはデートだと思う。
「……俺のも……た、食べる、か?」
デートと言えば。
というよりもランドールの夢だ。好きな人との一口交換。分け合いっこ。そういうことはやってみたいとずっと思っていた。
それを今、勇気を出していってみた。断られても仕方ないと思いながらだ。
だって恋人同士でもなんでもない。出会って数度、きっと自分が好意を寄せていることはばれているだろうが、彼女からは何も反応がないのだ。
どう思われているのか、わからなくて不安もある。
「交換、ですか?」
「うん、うんそう。こ、交換する?」
「…………します」
少し迷った。けれどレクシスはこれはおいしいと、ほかの味も食べてみたいとちょっと思ったのだ。
はい、とランドールは渡すつもりでアイスクリームを差し出した。
けれどレクシスはそれにぱくりと小さくかじりつく。
「!!」
「……おいしい」
そう呟いて、はいとレクシスはランドールに自分のアイスクリームを差し出した。
「え、っと……」
「交換って……」
「ああ! うん、も……もらう」
差し出されたアイスクリーム。それを一口もらう。
ぱくりともらってから、ランドールは気づいた。これって間接キスでは、と。
「っ!!」
ばっとアイスクリームから顔を離す。かーっと熱くなるのがわかって思わず口元を隠した。
「?」
「あ、ありがと、な!」
どうしたんだろうと思いながらレクシスは残りを食べ始めた。
ランドールもその様子をちらちらみつつ自分の分を食べてしまう。
「あ」
ふと隣から落ちた声。たれた、と手を伝うアイスクリームの一筋を舐めていた。
ぺろり。赤い舌が扇情的でごくりとランドールは息を飲んだ。食べているアイスクリームが、チョコレートだったからよかった。あれがもしミルクだったら一層劣情をあおられていた。
ランドールは食べ終わったところを見計らって行こうと告げる。
もっと一緒にいたいのは本音なのだが、これ以上一緒にいたら逆にもっとと欲が出そうだ。
それからは会話もなく、前を歩いていくランドールにレクシスはついていくだけだった。
そして、約束の南七の通りまでもうすぐだ。
ここまでくれば第七師団の詰所は近い。ランドールもどこに向かおうとしていたのか察したようだ。
「詰所まで送ろうか」
「いえ、ここまでで」
ついてこられて、皆に見られたら茶化されるじゃないか、とレクシスは思っていた。
けど、と言うランドールに気にしないでとレクシスは言う。
「……次、いつ会える?」
「え?」
「いや、その……楽しかったから、また、その……」
困ったとレクシスは思っていた。これは次の約束を、と求められているのだ。しかしこれに応える事はできない。
「……夜会じゃ、だめ?」
少し首を傾げて言えば、ランドールは頷いた。何度も何度もだ。
「そ、それでもいいっ! じゃ、じゃあ夜会で……その、俺と」
「あの、そろそろ時間が。ごめんなさい、それじゃ、ありがとう」
このまま何か、言われてはと察して言葉尻にかぶせた。
申し訳ないとは思ったけれどこれ以上長引かせるわけにはいかない。ここは詰所の近くでもある。誰かに見られたらあとでからかわれる材料になるからだ。
ぺこりと頭を下げてレクシスはたたっと走って離れる。
ランドールが引き留める暇もなく行ってしまった。その後ろ姿が消えてもしばらくそのまま。
「……お、おれ、デートした……? これデートだったよな」
嬉しい、としゃがみこんで笑みを零す。なんて幸せな日だったんだろう、と。
にまにましながら城に帰ると、その表情気持ち悪いとリイハアルト達に言われたが気にはならなかった。
最高に良い気分だったから。
安定のランドールさんでした!
(としか、言いようがなくてですね…)