聖クリッドの日。それは12月25日のことだ。
謂れとしてはクリッドという人物がある精霊と愛の誓いを立てた日。初めて、人と精霊が愛を誓えた日だと言われている。
人と精霊。種族を超えた愛を尊んで、誓いを立てた日を聖なる日としたのだ。
聖なる日は、恋人同士であったり、家族であったり。
大切な人と過ごす日だ。
そんな日に、夜会があるというのだからキアティスももちろん呼ばれる。今日はさすがに顔をだすつもりのようだ。
となると。
「絶対、いやです」
「そんなこと言うなよちょっと女装してちょっと城にいってちょっと話してくるだけだって」
「まずそのちょっと女装してから間違ってますよね」
レクシスはそう言って視線を動かす。なぜなら、キアティスの後ろでうきうきとしたシノが待っているからだ。
「ちょっとだろォ」
「ちょっとじゃない」
「ちょっとですわ!」
「ちょっとじゃないよね?」
と、抵抗してみたものの。そんなもの、意味が無い事もわかっていて。
『かわいいな』
『ああ、かわいい。俺たちも一緒に行くべきか』
『そうだな、ちゃんと変な輩から守らないとな』
「かわいくない」
本日の出来上がり。
特別な夜会であるが故に今までよりも装飾過多。薄い青のロングドレスに今日はヒール。それが非常に痛い。化粧もいつもより濃い目で睫毛が長くなっているのもわかる。
頭も、重い。
「今日の髪型は付け毛はゆるくウェーブ。髪飾りにはパールを編みこんでお花色々よ!」
「いつも思うが、シノはスゲェな。ほんと、女だ」
にやにや。笑いながらそうだ、とキアティスは思い出す。そしてレクシスの手をとって、その指先に口付けた。
「聖クリッドの日に、感謝を」
「っ、なに、いまのなに。きもちわるい」
「あれ、レクシス君知らないの?」
「なにか、これあるんですか……」
瞳を瞬いたのはシノだ。
「挨拶みたいなものよ。男から女への」
「……本当に?」
「本当よ!」
でもぼくはおとこです。
そうレクシスは訴えるが、今は女だろうと笑われただけだ。
「くっそ……もう、ほんと」
行きたくない、と小さく呟いたがもちろん、認められることはなかった。
僕も残りたいと呻きながら馬車に連行されるレクシスの姿を黒いのとリュドラシオンは見送った。
城につけばいつもの視線。
しかし、いつものようにキアティスと一緒に回る気力はなかった。ヒールが痛い。足はもうだめだ。
「キアさん、僕はもう無理ですあしがいたい」
「は?」
「かかと、ぐずぐずっぽい……」
「仕方ねェなァ」
キアティスは笑った。その瞬間に嫌な予感。
やっぱり我慢する、という前に抱えあげられてしまった。いわゆる姫抱っこだ。
「ちょ、キアさんおろして……! いい、じぶんであるく!」
「遠慮するなってェ」
じたばたとするがどうにもならない。
キアティスは機嫌よく、レクシスをそのまま運んだ。
何事だと皆から見られているのがわかる。
それがものすごくいやで、レクシスはキアティスの首に手を回して抱きついて、顔を隠した。
「……お前、それ逆効果」
「え、だってはずかしい」
「周りからみたらいちゃついてるようにしかみえねェよ」
「っ!」
言われて、身体を離そうとも思ったが今更だ。レクシスはそのまま、キアティスを睨み続ける。
そして、会場の一角にある長椅子に下ろされた。
「ここで待ってろ。一通り巡ったら戻ってくるから」
「はい」
「誰かに声かけられてもついてくなよ」
「ついていきません……」
この足じゃ無理でしょう、と言う。キアティスはさらわれそうになったら叫べよ、と笑って行ってしまった。
溜息をついて会場を見回す。今日は皆、いつもより着飾っている。一年に一度の日だからだろうか、とレクシスが思いつつ足元にじっと視線を投げていると、男の足が見えた。
「お嬢さん、どうしました?」
「……人を待っていますので」
「それならそれまでお相手願えませんか?」
そう言って、隣に座りしつこく誘ってくる。いい加減にしろ、と言いたいのを抑えて、でも、とかその、とかで濁し続ける。
見たことない男だ。知らない相手。つまり、絶対ついていってはいけない。
「おい、俺の連れだ」
「! そうですか。それでは……」
そこへ声をかけてきたのはランドールだ。ランドールを見て、男はすごすごと退散していく。
ランドールは久しぶり、といいながら隣に座ってもいいかと聞いてきた。レクシスは助けてくれたし、どうぞと促す。
「……キアティス殿は急がしそうだな」
「そうですね」
「ついていかなくていいのか」
「……足、痛くて」
淡々と答えて返すと大丈夫か、とランドールは心配してくる。じっとしていればなんとも無いと答えるとそうか、とほっとしたようだ。
そして、暫く会話はない。
なんだろう、用事がないならここにいる必要ないのに、とレクシスは思う。
が、その間ランドールはやきもきしていた。
折角の日――挨拶だけでも、したい。
「……あの、さ。挨拶……しても、いいか」
「え? ああ……うん……」
シノには挨拶はどうしてもダメな場合以外、断ったら失礼になるわ! と、言われている。レクシスが頷くとランドールはぱっと嬉しそうにした。
そして手を取って、緊張して照れた面持ちで手の甲に口付ける。
「聖クリッドの日に感謝を」
「……手の甲……?」
指先じゃないのと、レクシスが問えばランドールは、赤い頬を一層濃く染めた。
「な、なん、それ、それはこいびとどーし、とか、ふうふのあいさつっ」
「えっ」
なんだと、とレクシスは思う。
キアティスはわかってやったのだろう。そして自分が、それに何も言わなかったから言わなかった。
つまり知っているのかどうか、知るためにやって、そして知らないと知ってそのまま何も言わなかったのだ。
まぁ、いつも通り遊ばれているとわかるのでもういいや、という気持ちにさえなる。
が、しかし目の前のランドールはそうはいかなかった。
指先じゃないの、とはつまり自分の事を恋人、もしくはそうなってもいいと思っているから零れた言葉だろうか。
自分の好意はもしかして、伝わっているのだろうかと舞い上がる想いだ。
何度か出会ったがその度にカルディウスに邪魔をされてまともにしゃべったのは、実は出会ったあの一回くらいだ。
それで、突然のこれだ。
「っ、ゆ、指先にしなおしてもいいか?」
「いえ、それはだめです、ごめんなさい」
「今さっき、指先じゃないの、って」
「あの……ごめんなさい。わたし、指先にするものだって、思ってたから」
「あ、そう。そっか……」
しょんぼり。そんな様子だがランドールはすぐに気を取り直した。
喉は渇いてないか、とか他愛の無い話をふってくる。レクシスは頷いたり一言だけでただそれに返していた。
正直、話の内容は右から左で適当でもある。
そうやって過ごしているとランドールも呼ばれてしぶしぶながらそちらへ。また後でといわれて微笑みだけ返した。ヘタに返事はできない。
ランドールを見送ってしばらくぼーっとしていると見知った顔が見えた。
カルディウスはどうやらまだ人の相手があるらしく、視線と、そして笑顔をレクシスに送った。レクシスは小さく手を振ってそれに応える。
カルディウスも、レクシスのところに行きたいようだが周囲はそうさせてくれないのだ。ということは、キアティスも同じだろう。
人の流れを見るのは退屈ではないが、刺激は足りない。
図書室に行きたいなぁ、とぼんやりしていると眠気がとろとろ、落ちてくる。
しかし、ここで眠るわけにはいかないと必死だ。その眠気と戦っていると、待たせたと声がかかる。
「キアさん……眠い……」
「悪いな。今日は帰れそうにねェから……俺の部屋で寝てな」
「それなら、図書室が、いい……」
あそこなら目が覚めて本を読むこともできるという訴えに、キアティスはわかったと応えた。
抱き上げられるのに抵抗する気もない。そんなに眠いのかと、笑い声が最後に聞こえた。
〜そのあとのおはなし〜
『え、ゆびさき? それって家族の、じゃない?』
「かぞく……?」
『そう、家族さ! 恋人、夫婦、家族! 手の甲は友人だね』
「……かぞく……そっか、家族か……」
なんとなく嬉しい、と図書室の主に教えてもらい心ほんわりとする。
一方その頃。
「指先にしてる人がいる? それキアティス殿じゃない?」
「え?」
「養ってるって、話だし……家族の」
「!!」
「ランドール……」
「ランドールって、こういうとこ鈍でバカだよね」
「うるさいなぁ! ……そうか、家族……」
妙な、安心感。
さらにオマケ。
「え、オトーサマにはしてくれないわけか。家族の、あいさつ」
「なんでしなきゃ、なんねェの?」
「うん、俺もしないよ、父上」
「つれない息子たちだな!」
そんなかんじ。