【どうやってレクシスが子供達のリーダーになったのか】
「ハルツァルトとレクシスはさ、どうやって知り合ったんだ?」
ふと、皆で勉強をしている時に気分転換か何かでカルディウスが尋ねた。
「……ハルが」
「……いや、俺が話す」
そこから、昔話が始まる。
近頃、変な奴がいると仲間の誰かが言った。
そいつは廃倉庫街にいると。
あたり一帯の、やんちゃな少年たちのリーダーだったハルツァルトはそんなやつがいるなら会ってみたいと思ったのだ。
ハルツァルトは13歳。同じくらいの年の者達と一緒にレクシスを見つけた。
ハルツァルトよりも幼く小さいレクシスは声をかけられてすぐに逃げた。
「え? 会いたい? ハル、生意気なやつめみたいなノリできたよね?」
「それは気のせいだ、気のせい」
「えー?」
「早く話続けろよー!」
バイトルートの声にハルツァルトとレクシスは黙り込み、その後でまた話を続けた。
「お前! 今日こそぼっこぼこにしてやる!」
「……」
「黙って逃げんなー! まて!」
「……」
という感じで、出会ってもレクシスは逃げる。人との関わりはめんどうだと、その時は思っていた。
毎度毎度見かけるたびにハルツァルト達は追いかけてくる。
廃倉庫街の中は迷路のようだ。追いかけっこは日々続き、いつの間にかそれは互いの遊びのようになっていたのだ。
会えば、日が暮れるまで。そんなルールのようなものもできていた。そしてレクシスはいつも、隠れてしのいで逃げ切っていた。
けれど、ある日――廃倉庫街で数人の男達が行っていた何かしらの取引を運がいいのか、悪いのか、目撃した。
これはまずいと思ってその時は、レクシスもハルツァルト達も追いかっこをやめてこの場から離れるのを一番とした。
が、頭の回転は相手のほうが早く、あっという間に行き止まりに追い込まれたのだ。
「それで?」
「僕らは助かりました」
「そうじゃないとここにいねぇよ」
ハルツァルトはリュドラシオンを見た。お前のおかげだよな、と。
その言葉にリュドラシオンは頭をもたげた。そんなこともあったな、というような感じだ。
「うん、リュドがいたからどうにかなったんだよね」
あの時はありがとうと改めてレクシスは言う。頭撫でれば瞳細めて、嬉しそうだ。
追いつめられて、その男たちの一番の狙いはレクシスだった。精霊を連れていて物珍しい、売れば高くつくといったそういう打算もあったからだ。
ほかの子供よりは先に、と迫ってくる。それを察して、レクシスは向かってくる男たちの間を転がるように抜けて一人、逃げた。
男たちが追いかけてくる。レクシスがひきつけている間にハルツァルトは他の皆を逃がし、軍でも師団でも、なんでもいいから見かけたものを呼べと仲間達に託した。
そしてハルツァルト自身はレクシスを助けに戻った。
「……それさ、ハルツァルトが捕まってレクシスの足を引っ張る系の……」
「カル兄さん、よくわかりましたね。まさしくその通りで」
「へー」
「ほうほう」
「あーあーあー! もうこっち見るな」
カルディウスとバイトルートはにやにやとみてくる。
珍しく弱みを握れると楽しそうだ。
レクシスは笑って、そのハルツァルトが捕まってからの続きを紡ぐ。
「離せ! この!」
「暴れるな! おいお前、お友達を危険にさらしたくなけりゃこっちにおとなしくこい!」
ハルツァルトは捕まり、男の一人に抑えこまれていた。その首筋にはナイフがあてられている。
レクシスもまた背中は壁という状況。
友人ではない、けれど今まで追いかけあって情は確かにあった。見殺しにすることもできたが、それも気分が悪い。
レクシスはおとなしく、言われた通り男達の元へゆっくりと近づいた。
その距離が数歩になった時だ。今までずっと体に巻きつき瞳を伏せたままだったリュドラシオンが頭を持ち上げた。
男たちは身構える、今まで何も反応をしていなかった精霊が動いたからだ。
リュドラシオンはその場で一声、高く吠えたのだ。すると男達の頭上でパキパキと音が鳴る。
なんだ、と男達が見上げた先には巨大な氷柱が無数に存在していた。
それはリュドラシオンの視線で、落ちる。
驚いた男はハルツァルトを離した。その瞬間、レクシスは腕を引いて自分の傍に寄せる。
落ちる氷柱は、男達と自分達の間だ。男達を逃がさぬように行く手を塞いで落ちてゆく。
その音は倉庫街の外まで響いていたのだろう。
ハルツァルトの仲間達が呼んできた軍の人間。最初は子供のいたずらかと思っていたがその音を聞いて急いできたのだろう。
氷柱に閉じ込められた男達だけを残してレクシスとハルツァルトは彼らが到着する前にはその場から離れていた。
「……捕まえたぜ!」
「…………いまここで、ですか……」
そして安全なところで、ハルツァルトはレクシスの手を握った。
へへ、と笑って勝ち誇ってだ。レクシスはそんなハルツァルトを見上げて、ため息を落とした。
それが追いかけっこの終わりだった。
「それから、なんだかんだで一緒に行動するようになったんですけどね」
「仲間の奴らが薄情で」
それまではハルツァルトがリーダーだったのだ。
けれど、レクシスが精霊を連れ、あの自分たちを追いまわした大人をどうにかしたのだと知った時から、仲間達の態度はコロッと変わった。
リーダーはお前だと言い始めて、ハルツァルトが何かを言う間もなくそうなった。
強いものには憧れる、ということなのだろう。
何を言っても止まらない、という雰囲気にハルツァルトは黙ってそれを受け入れた。けれど、実質的には今までと変わらなかった。
「僕は何もしてなくて、だいたいハルが仕切ってたんですけどね」
「なんか、皆楽しそうだったしまぁいいかーってなって。知らない間にメンバー増えていったしな」
「そうそう。悪ガキ集団だったんですよ。でも、いつの間にか逃げてきた子とか匿うようになって」
「あの倉庫街ってやばいやつのたまり場だったんだよなー」
「よく縄張りにしてましたよね、僕ら」
「ああ。でも今思うと、こいつが何かしてたんじゃないかとも思うんだよなぁ」
そう言ってハルツァルトはリュドラシオンに視線を向ける。リュドラシオンは何も反応しない。となれば、やはり思っていた通り何か、していたのだろう。
ハルツァルトはあの辺は治安がよくなかったからと言う。普通に過ごせていた事が奇跡に近いのは今なら、よくわかると。
「……なんか。普通じゃなかったね、レクシスは」
「?」
「ハルツァルトも苦労してたんだな……」
「なんだよいきなり……」
カルディウスとバイトルートは、そんな話は逆に自分達とは無縁だからと言う。
「そうか?」
「よくある話ですよ」
「それがなかったんだよ、俺は。皇子は」
レクシスとハルツァルトは視線を合わせ、そんなものなのかなと言う。
しかし、何にせよ。
「出会ったころのハルはすごくかわいかったんですよ。ちっちゃかったし、でもあって一年くらいでにょきにょき身長伸びて」
「俺は今も伸びてる」
「……ハル、ゆるさない」
なんでだよとハルツァルトは笑う。身長がなかなか伸びないことを気にしているのは相変わらず気にしているんだなと。
レクシスはリーダーと言われているけれど何もしない系。
実務的なことはハルツァルトが。
けれど、心理的な所でのリーダーはレクシスだったのだと思います。