約束ひとつ
 放課後。会議の場所はどこだったと確認し、そういえば資料を忘れたと琥太郎は言って一人、風紀室へと向かう。
 そこでは今日の当番が仕事をしており言葉交わしつつ持っていくものを手に。
 あとをよろしくと部屋を出ると、そこには。
「あれ、どしたんすか」
「あー、昼寝しにきた」
「ここはアンタの仮眠室じゃねーんですけど」
「うるせぇよ」
「ぐ、うわ、ちょ」
 わしゃわしゃと頭を混ぜてなでくる。時陽からのいつものスキンシップだ。
 琥太郎は迷惑そうに睨んで、その手を払う。
 それもまた楽しいというように時陽は笑った。
「会議か? さっさといけよ」
「言われなくとも……」
「あ、つーか、お前さァ」
 ふと、呼び止められて琥太郎は振り返る。時陽は少し、困ったような笑みを浮かべていた。
 言っていいのかどうか、少し迷っているような様子に焦れて早く言えと琥太郎はせかす。
「美景に丸めこまれんなよ?」
「は?」
「注意しとけってことだ」
 じゃ、とどういうことか問う間もなく時陽は行ってしまう。
 なんだか煮え切らない微妙な態度だ。
 ああいう態度の時は何かよくないことがある気がする。いつもぱきっと言い切る男がそうではないのだ。言い含めて、曖昧に。その違和感が引っかかる。
「……気をつけとこ」
 そう、思ったところだった。
 本当にすぐ。
「いた! スオウ!!」
「うあ」
 自分を見つけてこちらへ走ってくる、嬉しそうな顔。
 逃げ場がない、とひらりと手を振れば一層、それが深まる。
「なぁ! 一緒に帰ろうぜ!」
「仕事」
「終わるまで待ってる!」
「いつまでかかるかわからないから」
「待つ!」
 仕事よりも俺が、とかそういう事を言うかどうか。
 少し身構えていた。だがそんな雰囲気はない。学習はできているのだと改めて思う。
「待たれてるとプレッシャーなんだが……」
「じゃあ、いつなら約束してくれんだよ!」
 その言葉に、時陽の伝えたかったことがなんとなくわかった。
 いつなら約束、してくれるのか。
 それは自分から日時を指定するということになる。さぁ、とはぐらかすこともできるがずっとそれで逃げ切ることはできないことも察しはついている。
「とりあえず、歓迎会が終わるまでは無理だなぁ……」
「それっていつだ!?」
「来週にあるだろ」
 そういうと、そっかと美景は笑った。
 いつあるのか聞いて、納得はしたみたいなのだ。一応。
「……歓迎会が終わってすぐは無理だからな」
「えっ、なんで!?」
「いや、反省会とかあるし……その歓迎会がどうだったかを報告しないといけねーし……」
 明らかに不服そうだった。けれど琥太郎は押し通す。
 終わってしばらくたってからじゃないと無理だと。先の約束だ、きっとその時にはまた忘れているだろう。
 そんな安易な考えもあるにはあった。
「俺、委員長だから他のやつより責任があるし……って、やばい遅れる。すまんがまたな」
 気づけば、会議の時間まであと少し。
 遅れれば会長の永久にちくちくと色々言われるのはわかっている。
 前に立つ美景の肩を押しのけて通り抜けようとした。
 けれど、逆にその手を掴まれて引き寄せられる。その力は思いのほか強くて、何が覆っているのか理解が遅れた。
「約束のちゅー、な!」
 軽く唇触れるだけ。
 唇に唇触れるだけだった。
 その一瞬終わって離れた、その時の美景の表情は愉悦に満ち足りたものだ。
「じゃあ! がんばってなー!」
 琥太郎は反応できない。
 くるりと踵返して走っていく姿をただぽかんと見送るばかりだ。
「え?」
 何された――あれはちゅーだ。
 ちゅー?
「は?」
 キス一つぐらいだ。別になんでもないのだけれども。
 それでも、突然のそれには驚かざるをえなく、余裕で会議に遅刻した。


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