「ここが理事長室だ」
「おじさんこんにちわー!」
「あ、ちょ……」
ノックする、その隙もなく美景は扉を開けた。
案内した理事長室、乱暴に開け放たれた先に驚いた顔があるのがよくわかる。
「もう帰りたい」
「佐和、逃げるな……」
その気持ちは俺も一緒。
琥太郎はそう言って理事長室の扉を再度ノックして開けた。
「あー……お迎えどうもありがとう、明和君。と……周防君はなんで?」
「迷惑かとも思ったのですが、さ……明和の手伝いです」
「きてもらって助かりました……」
一人じゃ無理、と佐和が零すのを耳にし琥太郎は小さく笑った。
「おじさん! ひさしぶり!」
「美景、久しぶり。額の傷はもう大丈夫?」
「おう! 大丈夫!」
そう、よかったと理事長――隠乃景樹は微笑んだ。
あの微笑の裏では胃をキリキリさせている事だろう、と琥太郎は思う。心なしか、顔色もあまりよろしくない。
「じゃあ、これで失礼します」
「えっ、二人とももういっちゃうのか!? 俺と遊ぼうぜ!」
「遊ぼうって……授業もあるし」
「俺より授業のほうが大事なのかよ!」
その通りです、と口にするのを二人は飲み込んだ。きっと言っても通じないからだ。
「遊びたいのは山々なんだけど」
「そうだな、山々だ」
――さあどうやって、切り抜けよう。
景樹は申し訳ないが抑止力にはなりそうにない。すでにごめんねというような表情を浮かべていた。
琥太郎は一つ、ため息をついて美景へと近寄った。
「お前はやることがあるだろう。それでここに来てるんだ。それが終わったらにしろ」
ぽふ、と正直気は引けたのだがもじゃもじゃの頭に手を置いて撫でる。
そうして柔らかに笑みかけると、美景は黙った。そして琥太郎をじっとみあげる、その耳が赤い。
「な?」
「お、おう! 絶対だからな! あとで遊んでくれよ!」
「あ、あー。そうだな。俺が忙しく、なかったらな」
「絶対だからな!」
約束、という形でこの場を収める。琥太郎と佐和はひとつ礼して理事長室を後にした。
もうこの後のことは知らない、と顔を見合わせて。
「……さっきのはまずいんじゃない?」
「どうにかする」
「思ったこと言っていい?」
そう言って少し困った様に佐和は笑う。
「彼、絶対気に入ったよ、コタのこと」
「えええええ……」
「さっきの頭ぽんぽんはいらなかったと思うけどなー。そうやっていつのまにかオとしてるよね。天然たらし」
「まじ? あれくらい大丈夫だろ、いつもやってるし」
それは今まで相手に分別があっただけだと佐和は言う。
そして決定的に、甘いよねという。
「あれだよね、コタは彼が自分より小さいからちょっと甘くなってると思うよ」
「俺は別にちっちゃいわけじゃねーんだけど。お前等がでかいのが悪い」
「なにそれー。でも、その甘さが命取りってこともあるからね」
おう、と返事をする。確かに言っている事はあっているような気もする。
琥太郎自身、自分よりも小さいものに甘いという自覚はあった。あったけれどもそれはどうしようもないことなのだ。
「……本当にまずかったと思うか?」
「どうだろうねー」
佐和ははぐらかす。まずいに決まってると思いながら。
理事長室を出る間際、ちらりと見えた編入生の表情はすでにターゲットを決めたというようなものだったから。