違わずそれ以上
 約束の時間になり、佐和は言ってくると心此処にあらず、といった様子で立ち上がった。
 生きて帰ってこい。
 そんな視線を事情を知る者達は向け、佐和もまた手を振って返す。
「……一人で大丈夫だと、思うか?」
「危険だと思うけどー……俺は昨日の今日なので行きたくない。行くならやっぱ、コタだろ」
「俺か……!」
 青風の言葉に机に突っ伏す。
 そして朝、捺時から受け取ったものを開き、青風へと見せた。
「……うん、昨日見たやつだなー……」
「また突然泣かれためんどう」
「泣かすようなことしなけりゃいいんだよ」
「啼かす……!? 昨日何があったくわしく!」
 そこに反応するな、と雅哉に向かって言う。あー、とかうー、とか変な声を出し、やがて琥太郎は立ち上がった。
「心配だからいってくる」
「心配というか気になる、だろ」
「まー……そうなんだけど」
 やばかったら連絡する、と言葉残し琥太郎は教室を出る。
 その背を雅哉と青風は見送りながらどうなると思う、と話していた。
「コタがキレるに一票」
「じゃあ俺は、編入生に懐かれるで」
 二人がかけあったのは今日の昼食代だった。
 そんなこと露知らず、琥太郎は門へと向かった。すると、そちらから佐和にべったりとくっついてくるもじゃもじゃがいた。
 分厚そうな眼鏡に、もじゃもじゃの黒い頭。顔は良く見えないがサイズは多分、あってる。
「もじゃ……?」
 昨日見た姿と違う。さらに、捺時から貰った画像の姿とも違う。あれだろうか、という風に思ったのだが、今日ここに来るものは一人しかいない。
 佐和の表情はすでに疲れきっている。何か話しかけられては曖昧に交わしているような様子だ。そして、琥太郎に気づいて来るなと口パクで伝えてきた。
 が、すでに佐和の隣にいた少年、隠乃美景は琥太郎をロックオンしていた。
 ぱぁっと顔が明るくなったのは遠目でも解り、佐和はあーあというような困った表情を浮かべた。
「佐和、そいつか」
「ああ、うん。そう、転入生の隠乃君」
「美景って呼べよ! 俺たちもう友達だろ! 明和!」
 苗字が名前で固定されていた。佐和を見ればにこりと笑み向けられたがどことなく、力がない。佐和を苗字、明和を名前として仕込んだのだろう。
「なぁ! お前カッコイイな! 名前なんていうんだ!? 俺は隠乃美景! 美景でいいぞ!」
「あっ、覚悟してたよりも結構衝撃強い……」
 琥太郎は渋い顔をした。昨日も対した。だがしかし、こうやって面と向かって自己紹介をされ、わくわくといった雰囲気で見られると居心地が悪い。
「隠乃君……、俺は君より学年、上なんだ。一応敬語使おうか」
「友達に敬語なんて必要ないだろ!」
「名前知らないのに、友達?」
「そ! それはお前がまだ名乗ってないからだろ!」
 心が折れそう。
 琥太郎はぽそっと呟いていた。
「あー、名前ね、名前……スオウ、と言います」
「そっか! スオウか! よろしく!」
 本当は苗字なのだけれども。名前とも取れるものでよかったと一瞬思う。
 彼に名前で呼び続けられる未来からは逃げたかった。
 なぜならこの声は、響く。
「佐和、大丈夫か?」
「ちょっと頭痛するけどなんとか」
「あっ! 俺をのけものにして仲良くすんな! 何の話してたんだ!」
「なんでもないよ。ところで理事長室にいくんだっけ? 早く行こうね」
「おう! スオウも行こうぜ!」
 一人じゃつらい、と美景の後ろで佐和が苦笑する。そうだろうな、と琥太郎は頷いた。
 二人の腕掴んで、自分は真ん中。美景はとてもご機嫌だった。
 そんな様子を、偶然校舎の中から視ていた者は眉間に盛大に皺を寄せたのだ。
「どしたの、時陽」
「あいつがきた……!」
 地を這う声音に奏太は笑った。そしてその視線の先を追う。
「ぶは、なにあれ黒もじゃ!? え、変装? うそ、ちょ、眼鏡ないわー」
「叔父だろ、ああしたの。見た目は良いからな」
「まー、三年と一年だしそんなに接触はないだろ。あるとしたら捺時だろうし」
「バカ。あれを舐めるな。あいつはどこでも狙い定めた獲物がいたらくるんだよ……!」
 恐ろしいまでの執念。なにがやつをそうさせるのかはわからないと時陽は言う。
 アレの一番のお気に入りは自分だとわかっているからこそ、逃げ切る算段を周到に立てるのだ。
「俺以外、誰か気に入ればいいんだけどな……顔のいいやつ、その辺に転がってるし乗り換えてくれ」
「それでコタとか青風とかに乗り換えたら爆笑ものだけどな」
「……それもそれでどうよ……」
 身近にいるものが被害にあう。つまり自分にもとばっちりという構図を思い描いて時陽は嘆息した。


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