02
 窓より飛び出せば校舎裏。人の気配はすぐわかった。
 琥太郎がそちらへ向かえば、見覚えのある自分の親衛隊員たちと、見たことない生徒。彼がきっと編入生の安城寺篝だろうと琥太郎は判断する。それにもう一人Z組の知り合いだ。
「あげちゃーん、絡むとか何やってんだよ」
 声をかければ、じりじりと居心地悪い空気が少し和らいだ。親衛隊員たちはほっとしている様子。視線だけでありがとうと、行っていいと促す。
「周防……邪魔すんな」
「いや、あの……新学期早々絡んでるとか聞いたらやっぱり、俺は駆け付けなきゃなんねーんですが」
 仕事増やすな馬鹿と琥太郎は言う。
 その言葉に、目の前の男、上松鉄(あげまつてつ)は絡んでるわけじゃないという。
 じゃあ何故、今こうしてここにいるのかというところだ。
「えっと、安城寺君であってるよな?」
「はい。風紀委員長さんですよね」
「そうそう。そんでもって君の相談役も俺」
「知ってます、聞きました。お世話になります」
 ぺこり、と安城寺篝は頭を下げた。
 真っ黒な髪、光に乏しい真っ黒な瞳。表情は薄い。彼が何か、鉄の気に障ることをするとは思えなかった。
「あげちゃん、どゆこと?」
「……別に、殴ろうとかそういう意味で呼び出したんじゃねェし……」
「はぁ……あー……」
 そゆこと、と琥太郎は理解する。
 上松鉄は2年のZ組を仕切る男だ。だが無駄に暴力振るう事を嫌い、暴れる事もよしとしない。だから2年のZ組は落ち着いている。一匹オオカミのようだといわれつつも、彼は実は非常に責任感のある男だというのをこの一年で琥太郎は理解していた。
「こゆこと?」
「っ!」
 琥太郎のしぐさに、鉄はかーっと赤くなる。手で作って掲げて見せた形はハート。
 つまり、一目ぼれでもしたかという事だ。そしてそれはあっているらしい。
「……編入生にいきなりそれはちょっとどーかと……」
「う、うるせぇ!」
「もー……耳塞いでてあげるからさっさと話しなよ」
 琥太郎は苦笑交じりにそう言って、ほらほらと笑う。さっさと告白するなら、してしまえと。
 聞いてないふり聞いてないふり。そんな風にしていると、ものすごいダメ出しが聞こえた。
「俺の物になれ。返事ははいかイエスというのはそこそこに使い古された手なので萌えはしますが瞬発的なものでした。もし僕を本当に好きなら何か萌えるネタをもってきた上でお願いします。その時はお友達から始めましょう」
 萌えとか聞こえた。その言葉には覚えがある。そしてなんだから同じようなダメ出しを雅哉から聞いたことがあると琥太郎は思い出す。
 そしてそろーっと二人の方を向けば完全に鉄は固まっていた。篝を凝視したままで。
 篝は、そんなこと気にせずに琥太郎の方へと向かってくる。
「どうかしました?」
「いや……なんでもない。あの、安城寺君はふだんし?」
「なんでもおいしいだけです」
 さらっと答えられた言葉の真意は問わなかった。まだショックを受けたままの鉄だが、放っておいても大丈夫だろう。
 そう思って声もかけず、篝に行こうかと琥太郎は言った。
「知らない人からの呼び出しにほいほいついていくのはどーかと思うよ。今回はなんともなかったけど」
「知らない人ではなかったので。大丈夫だと思ったのですが……以後気をつけます」
「やばそうな雰囲気だったら近くの風紀が声かけてくるとも思うし」
時間稼ぎさえして貰えれば、風紀のやり手がそこに駆けつけることができるはずだからと琥太郎は言う。
そして一応、この学園について説明するからと視聴覚室に向かった。そこには青風ともう一人、生徒がいた。
「お疲れー、なんかあったんだろ」
「うん、まー、あとでな。して、なんで捺がいるん?」
 琥太郎が視線を映す。別段声をかけたり、呼んだわけではない。
 でも、見知った顔がそこにあることは嬉しいもので、久しぶりと笑み向けた。
「ここにくる途中でいたから捕まえた」
「ってことっす。コタ久しぶり」
 隠乃捺時。
 にひっと口端あげて笑う彼の目元は兄の時陽とよく似ている。
 けれど決定的に違うのはその性格だと琥太郎は思っている。
「……捺、すたんどあっぷ」
「へ?」
「いいから、立て」
 机に寄りかかるように座っていた捺時は、ぎっと睨まれながらゆるゆると立った。
 そこに琥太郎は近づき、そして確認する。
「……な、何センチ?」
「173、くらい」
「あー! なんで伸びてんだよ! 前まで168だったくせに! くせに!」
「……成長期?」
 ちくしょう、と琥太郎は呟いて八つ当たりの一発。軽く捺時の腹に拳を打ち込む。突然のそれにげふりと捺時はしつつも笑った。
「そのうち伸びるってー」
「くっそ……あ、ごめん」
「いえ」
 と、視線に気づいて琥太郎は篝に視線をやる。
「っとー、こいつは安城寺君と同じ一年で俺の友達なもんで。まぁ、いいか」
 とりあえず話をしよう。
 そう言って篝へ座るように促す。
 適当に座って、琥太郎は前のホワイトボードの前に立つ。そしてきゅっと黒のペンを持って簡単に学園の仕組みを描き始めた。


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