「おう、桜舞ってるー」
へらり。
周防琥太郎は笑顔を浮かべた。そういえば自分が編入してきたときもこんな感じだったなぁと一年前を思い出しながら。
周防琥太郎。
それはこの学園でも稀有な存在だった。
高校より編入し、この学園に染まったのか染まってないのか。告白を受ければそれをやわらかく否定はしないけれど受け流す。時々明後日の方向をみているような彼は、つい先日より風紀委員長というお役目を引き継いだばかりだった。
「コター、ぼーっとしてるとおいてくぞー」
「あー、ごめんいくー」
周防は呼ばれてすぐそちらをみた。すでに講堂にはほぼほぼ、すべての生徒が入っている。あとは自分達くらいなものだろう。
手を振るのは同じ風紀委員の仲間だ。
水門青風(みなと あおかぜ)はその名の通りの男だった。琥太郎と同じ二年。髪の色は青。何事にもあまり熱くならずゆるりと流す様は風。そして風紀の副委員長だった。
走り寄ってきた琥太郎へとお前で最後だという。中にはもう全員そろっていると。
「おう……あー、紅蓮サンの近くにはいきたくねー、あの人怖いんだけど」
「ばれてないから大丈夫だろー」
「だといいけど、さ」
はー、と長いため息を付きながら琥太郎は講堂の中へと入った。その瞬間、ざわつきが少し大きくなるがすぐに収まる。
ざわつかれるのには慣れないなぁと思いながら琥太郎達は自分の席へとついた。
すでにほとんどの生徒が席についている。これから入学式と、始業式。
入学式といってもほとんどが中上がり、エスカレーター式で中学から上がってきただけだ。
「そいえば編入生は二人らしい」
「あー、そか。あとで顔みにいかないとな。ちっと皆に迷惑かけることになるけど、まぁいいや」
編入生の世話は編入してきた先輩が見るという慣わしがあった。それは同じ境遇だからわかりあえる事のほうが多いだろうという配慮。
琥太郎の場合、その役目は何故だか隠乃時陽とその愉快な仲間達であったがそれはまた別の話。
「……あいつらウソ教えてくれたよなー。俺はそんな先輩にはならないぞ」
一年前を思い出して少し切なくなる。本当に大事な事は教えてくれたが、どうでもいいことでは色々と遊ばれた。
ちょっと涙出そう、と呟く琥太郎に青風は笑っていた。そしてくるりと講堂内を見回した青風は知っている顔を見つけた。
「あ、捺、あそこにいる」
「え? なったんどこどこ? ああああ、なったん! ちょ、なったんでかくなってね!?」
身を少し乗り出してみた人物、なったん。捺――隠乃捺時(なばりのなつとき)は隠乃時陽の弟だった。
綺麗な顔に似合わず、口は悪し。そして最高に手が早い。けれど、琥太郎にとってはかわいい弟分である。たとえ自分よりも、大きくなっていようとも。
遠目からでもわかる。捺時でかい、と琥太郎は零した。
「何で皆、身長伸びるん……」
「えっ、まさか……コタ」
「うっさい!」
きゅーん。へたれた犬の耳がくわっとなったけども、またしゅんとしている。
そんな情景に青風には見えた。そしてじゃれあっていると入学式が始まる。
始まれば、ぴっと講堂は静まり返った。
琥太郎がちらりと式次第を見れば、開会の言葉、理事長挨拶、入学証書授与、祝辞色々の後、終了とある。
その式次第の傍にいた人物がふと目に入って、うぇっと喉奥鳴らしそうになるのを堪えた。
その人物は、同じく二年の蓮永久(はちすとわ)、琥太郎曰くの紅蓮サンである。この学園に入ってから接触する機会は多少はあったのだが、いつも内心ひやひやしながらの心地だった。
風紀委員長になり、接触する機会が増えるという事実に胃が痛くなりそうな気がしている。