06
「主、」
という声と共に控え目にノックされた襖。その紅葉の絵が描かれた襖のある部屋の主はこの本丸の審神者。男所帯故にと刀剣男士達の部屋が集まる場所や食堂などの施設が集まる場所とは隔離してある審神者の部屋で、政府に報告書を書いていた審神者が突然の訪問者に慌てて筆を置き「はーい」と返事する。その返事と共にスススと襖を開けた人物に視線を向けると、そこにはフェルトの姿が。先程とは違い無事に襖を開けられるようになっているフェルトは、どうやら誰かに襖の開け方を習ったらしい。
「フェルトくん、どうかした?」
そんなフェルトに出会ってまだ数時間しか経って居ないながらも“成長したねえ”と親戚の叔母さんの如き感想を抱きながら、手で部屋に入るようにフェルトに促すと、フェルトは恐る恐る畳に踏み込んだ。フェルトは“和風”が初めての様だ。
「ハンバーグが出来たので、呼びに。」
「えっ、もうそんな時間?」
慌てて審神者が壁にかけてある時計を一瞥して時間を確認すると、確かに食事をするのに丁度いい時間だ。報告書もあと少しで仕上がりそうだし、取り敢えずご飯食べよう。そう思った審神者が、ぐぐぐっと伸びをしながら立ち上がると、フェルトもそれに習って立ち上がった。重い着物を体に纏い、ノロノロと歩き出した審神者に続き、フェルトが3歩下がって歩く。フェルトが歩く度に足枷の嫌な音が響くのを不快に思った審神者が、眉間にシワをよせながらフェルトを振り返ると、思った以上に距離があり思わず目を真ん丸にする。
「......遠くない?」
「何の事だ」
「いやいや、私とフェルトくんの距離! 何でそんな離れてるの。 そういえばさっき自室に案内した時も離れてたよね?」
「......? ああ、すまない、癖だ。」
「......、...」
フェルトが奴隷だった事を証明するかの様に、また足枷が厳つい音をたてた。
「ねえ...、その足枷、壊さない?」
「...!」
「フェルトくんもう奴隷じゃないし、足枷なんて似合わないよ」
「.....」
「......嫌?」
「...いや、嫌という訳では、無いと思う。しかし、コレを壊すなんて考えた事が無かった......」
「フェルトくんが壊しにくいなら、私が壊してあげる」
「えっ」
フェルトの驚く声を無視して、廊下でしゃがみこんだ審神者が、フェルトの足枷をじっと見つめる。何をするんだろうとハラハラするフェルトをちらりと一瞥してから、審神者がフェルトの足枷に向かって「えいっ」とその年齢に似合わぬ掛け声と共にチョップを披露した。明らかに弱いその攻撃にフェルトが呆然としていると、しゃがみながら涙目でフェルトを見上げる審神者が声を震わせた。「痛い...全然びくともしない...」本人的には頑張っていたらしい。
「ッ、ハハハ、主、弱すぎだ...ッ!」
その様子がフェルトの笑いのツボに入った様で、フェルトは思わず吹き出してしまった。いつもの無表情が崩れ、年相応の笑顔をみせるフェルトは、あどけなく可愛らしい。そんなフェルトの様子を反射的に心のカメラて連写しつつ、審神者もつられて笑った。ヒィヒィ声を上げながら一頻り笑った後、フェルトが不意に呟いた。
「自分で、壊す」
「!」
「主との生活にこの枷は必要無い。...そう、感じた。」
その言葉と共に枷をつけたまま跳躍したフェルトが、地面に着地する。そして又跳躍して、勢いをつかながら地面に足枷を打ち付けた。
「改めて、奴隷のフェルトじゃなく、トウケンダンシのフェルトとして.....よろしく」
「...っ、勿論!」