05

「意外」


割烹着を着こなして、素晴らしい手さばきで玉ねぎを微塵切りにするフェルトをカウンターから呆然と見つめながら審神者が呟いた。襖をぶっ飛ばした程の人間がまさかこんなに繊細に玉ねぎを切れるなんて。という思いが滲み出た言葉に反応したフェルトが審神者を一瞥して、玉ねぎを均等に微塵切りし終えたフェルトが口を開く。


「五番目の主は、自分で何もしない方だったから」
「...ふーん?」


どこか懐かしそうに目を細めたフェルトを見る限り、五番目の主とやらに不快な思いは抱いていないらしい。奴隷だったらしいフェルトがそんな様子なのを不思議に思いながら審神者がフェルトに何を作っているのかを問えば、フェルトは「知っているか分からないが」と一言入れてから、料理名を口にした。


「ハンバーグだ」
「......え」
「ここの主食であるコメに合うと思う...どんな料理か説明すると...」


聞けば聞くほど審神者の知っているハンバーグとフェルトの言うハンバーグが一致する。


「ほ、本当に作れるの?」
「自信はある」


フェルトの言葉に思わずガッツポーズが飛び出してしまう審神者。審神者が審神者になってから、洋食を食べるのは久しぶりだった。刀剣男士が作る食事は和食ばかり。美味しいし不満は無かったが、洋食もメジャーになっている現代で生まれ育った審神者は洋食が恋しかったのもまた事実。


「う、嬉しい!凄く楽しみ! ハンバーグなんて久しぶりに食べるよ!!」
「...主は料理はしないのか」
「三年前に付き合ってた彼氏に振られた理由料理ですけど何か?」
「そ、そうか...すまない」


一気に表情が抜け落ちた審神者にフェルトが恐怖を抱いた時だった。「採れたてのお野菜、持って、来ました...!」と五匹の虎を連れた五虎退がダンボールを抱えながら、食堂に足を踏み入れた。厨房に入った所でドスンと重い音と共にダンボールを下ろして顔を上げた五虎退は、食堂で調理をしているのが歌仙じゃない事に気がついて、驚いた様に目をパチパチと瞬かせる。


「あれ、貴方はさっきの...」
「ああ...フェルトと言う。お前は、」
「ご、五虎退です。よろしくお願い致します...」
「こちらこそ」


五虎退とフェルトがお互いに頭を下げ合うのをやめるタイミングを見失った時。食堂の入口から「何やってんだ?」と低い声が聞こえた。2人が下げていた頭を上げてその声のした方に視線を移せば、そこには手入れを行う前までフェルトにこの本丸を案内していた薬研の姿があった。先程の五虎退と同じようにたくさんの野菜が入ったダンボールを抱えている薬研に、慌てて五虎退が駆け寄った。足元にいる五匹の虎を全く踏むことなく走った五虎退に審神者とフェルトが感心していると、薬研の持っていたダンボールに手を添えた五虎退が、薬研と共に厨房も入口にダンボールを下ろした。


「ありがとな」
「そんな、兄さんこそ畑当番を手伝ってくれてありがとうございます!」


そんな2人の会話を聞く限り、フェルトが手入れを受けている時、薬研は五虎退の畑当番を手伝っていたらしい。


「そういえば大将、アンタ仕事は終わったのか?」


審神者が薬研に“いい子だなあ”と和んでいると、薬研が不意に口を開いた。それは薬研が審神者に呼びかけるもので。


「えっ...?」
「大将が来た時、筆を持っていたからてっきり俺っちは仕事の途中かと思っていたが」
「...あ、あぁ〜〜...」
「どうやら俺っちの勘違いだったみたいだな、良かったぜ! ......なあ? 大将?」
「仕事してきます!!!」


顔を真っ青通り越して白くした審神者が相変わらず走りにくそうな着物を着て走り去っていった。その背中を意味もなくぼーっと見つめていると、薬研の視線がフェルトに向かっている事に気がついて、フェルトも薬研に視線を移す。


「どうかしたか」
「ああ、いや。意外と器用だと思ってな。」
「ににに、兄さん!?そ、んな、意外っていうのは失礼なんじゃ...っ」
「いや。構わない。意外だと思われる様な事をした覚えがあるし、主にも言われた。」
「あっ、そ、そうなんですか...」
「フェルトは料理が得意なのか?」
「...料理だけでは無く、家事は好きなほうだ」


フェルトの言葉に薬研と五虎退が「へー」と目を真ん丸に丸めた。意外すぎるが、料理中にも関わらずキッチンが美しい事から結構几帳面なのかもしれない。



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