03

食堂、手入れ部屋、鍛刀工房、大浴場等、色々な場所を案内されたフェルトは、「フェルトも使っていいんだからな」と薬研に言われ、ただただ戸惑っていた。何故奴隷のフェルトがこんな大きな館の高等な設備を使って良いのか。そんな疑問をフェルトが薬研にぶつけると、薬研は呆れたように苦笑した。


「フェルトはもう奴隷じゃねえんだが?」
「奴隷じゃない...、じゃあ、何故俺は此処に居る? あの女は主何だろう」
「俺っちもそれが疑問なんだが...フェルト、本当にアンタは刀剣男士じゃねえのか?」
「トウケンダンシ...、さっきも言っていたが、それは何だ」
「まあ、刀の付喪神って言うのが良いんだが...、フェルトが刀剣男士だとすれば、フェルトの持っているそれが本体だな」


“それ”と言われてフェルトが自分の持っているものを確認すると、あの老人から貰った剣が腰の辺りに掛けられていた。いつの間に、と驚くフェルトに薬研も「気づいてなかったのか」と驚いた顔をした。余りにも違和感が無さ過ぎて気が付かなかった。まるで、ずっとこの剣を持って生活していたかの様にフェルトにフィットしている。


「...、トウケンダンシは、刀が本体なのか」
「ああ、刀が損傷すると人の身の俺っちも傷がつく」
「そうか」


軽い相槌を打った後、フェルトがおもむろに剣を地面に置いて、そして大きく手を振り上げる。薬研が「何やってんだ!」と焦った顔でフェルトを止めようとしたが、それに構わず、フェルトの手が剣に振り下ろされた。

ガァァァアン!!!

けたたましい音がこの本丸中に響いた。剣は少し傷がついただけだったが、その下の地面は大きく抉れている。驚きで声も出ない薬研を一瞥して、頭から少量の血を流したフェルトが、重々しく呟いた。


「俺はトウケンダンシの様だな」
「あ、ああ......ってそうじゃない!フェルト、お前...」


練度はまだ低い筈なのに、あの凄まじい打撃。そしてその凄まじい攻撃力にも耐えられる程の統率。そのステータスの高さを褒めれば良いのか、それとも刀剣男士なのか確かめるため自身の刀身を殴った自己犠牲の精神を咎めれば良いのか、薬研が混乱しそうになったその時。


「い、今の音は!!?」
「薬研...だ、大丈夫ですか...っ!?」


慌てた様子の審神者と薬研の兄弟である五虎退が姿を現した。二人とも仕事の途中だったのか、審神者は筆を、五虎退は鍬を持っている。抉れている地面を認識して二人ともが真っ青な顔で混乱するのそ見て薬研が少し冷静になった。


「説明は後にする。大将、取り敢えずフェルトを手入れしてやってくれ」
「え?何で...って何で!!?何で怪我してるんですかああうわああああ!!」
「新入りさん...!しかも太刀!!やりましたね、主!」
「そうだねえ〜...ってほのぼのしている場合じゃない!フェルトさんちょっとついてきて下さい!」
「はあ...」


小走りの審神者に手を引かれて、フェルトは手入れ部屋へと連れてこられた。裾の長い奇妙な服を着た審神者は大変走りにくそうで、フェルトが呆れるほどスピードが遅かったがそこには触れないでおいた。


「まさか初日で手入れすることになるとは...」


そう言ってフェルトの剣の刀身を打ち粉を絹の布で丸く包んだものでぽんぽんと叩く審神者を無表情でフェルトは見守る。刀身の傷が消失していくにつれてフェルト自身の傷も癒える。半信半疑でその様子を見ながら、感嘆の溜め息を吐いたフェルトに、思わずと言ったように吹き出した。


「フェルトさんって私より年下ですよね」
「主が、二十歳以上であれば」
「はは、やっぱり。背が高いし大人っぽいから同い歳くらいかと思ってたけど、意外と反応が可愛いですよね」
「...可愛くはないと自覚している。それよりも、主で年上なんだから、敬語は要らない」
「その法則でいけばフェルト...くん、は、敬語使わないとね」
「...すまない、苦手だ」
「冗談だよ」


そう言って軽く笑った審神者が「よし、」と満足気な声を発して立ち上がる。どうやら手入れは終わりみたいだ。傷など綺麗さっぱり無くなった自身の体を複雑そうな表情で見やったフェルト。どうやら、本当に人間じゃ無くなったらしい。



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