02

「改めまして。私はここの本丸の審神者です。主でも審神者でも、好きな様に呼んで下さい」
「俺っちは近侍の薬研と」
「待て...、アンタが、俺の次の主なのか?」


と簡単に自己紹介を済ませた女にフェルトは驚愕する。サニワとかホンマルという物はよく分からないが、この女は自分のことを“主”と名乗った。つまり、新しい主人は目の前の女?奴隷を飼う様な女には見えない。そもそも何故いきなりこの場所に?

少年の自己紹介を遮って疑問を口に出してから、フェルトはパニックに陥り、そして考察して、最終的にこんな結論を導き出した。馬車を使って移動する物かと思っていたが、魔法を使ってそれぞれを次の主の元に送った。若しくはこの女が魔導士で、魔法を使って自分を転送した。そう考えれば、なんとなく辻褄があった気がした。因みにフェルトは勉強が得意では無い。

脳内で自己完結したフェルトに、薬研が自分の自己紹介を遮られたことや主を侮辱するような言動を取った事に鋭い視線を送る。


「オイ、うちの大将に何か不満でもあるのかい?」
「ちょっと薬研。すみません、ええっと...」
「俺はフェルト。不満じゃなく状況が整理仕切れなかっただけだ。すまない。」
「フェルトさん。よろしくお願いしますね。顕現されたばかりだしそういう事もあるですかね。というか、それより、その格好は...」
「?」


さっきからよく分からない単語が少し混ざる事をフェルトは不思議に思ったが、女...いや、審神者がフェルトの信じられない物を見るかのように自分の格好を見つめるので、フェルトは首を傾げる。何か可笑しい事でもあっただろうか。
フェルトが不思議に思っている事が分かったのか、審神者が慌てて顔の前で手を横に振った。


「いや、あの、何か格好が質素というか...」


審神者の言う事は最もだった。フェルトは、簡単に布で作られた様な服を着ているだけ。実に質素な服装だ。他の刀剣乱舞が煌びやかな格好をしているから尚更そう思ったのだろうが、それは、普通の刀剣男士であれば、だ。


「奴隷ならばこんな物だろう」


フェルトは2歳の頃から奴隷だ。上下に別れた服なんて着たことが無いし、質の高い服なんてもっての外。そんな事は、フェルトを奴隷として買った者なら分かっている筈だが、審神者はただ刀剣男士を顕現しただけのつもりで、一切奴隷など買った覚えは無い。

あっけらかんと言ったフェルトの言葉とその様子に審神者と薬研は息を呑む。空気が凍った様に静まり返った空間で、フェルトの足についた枷が厳つい嫌な音をたてた。


「ど、奴隷......?」
「アンタ...主が、俺を買ったのでは無いのか」
「買う!? いやいやそんな!」
「ちょっと待ってくれ、フェルトは刀剣男士じゃねえのか?」
「トウケンダンシ...?」
「分からないんですか!!?」


驚いた様に声を荒らげた審神者に、フェルトが無表情で重々しく頷くと、「ああ...」と力の抜けた声と共にフラリと審神者の体が傾いた。危ない。反射的にフェルトが審神者を支える。しかし審神者はフェルトの姿を認識せず、他のことに全ての意識が向いているようだった。


「フェルトさんのこと政府に報告しないと...あああ怒られないかな、怖い」


ブツブツと蚊の鳴くような声を発しながら部屋を退出した審神者に、フェルトは戸惑う。随分と青白い顔をしていたが、大丈夫なのだろうか。
助けを求める様に、薬研にフェルトが視線を向かわせると、薬研は気まずそうに目を逸らした。


「...大将にも、色々とあるんだ。気にすんな」
「はあ...」
「それより、この本丸を案内するぜ。新入りが来たら案内する決まりなんだ」
「そうなのか、よろしく頼む」


やや強引に話を逸らした薬研にフェルトは特に詮索もせず、頭を下げる。フェルトの特徴的な赤髪がサラリと流れた。


「綺麗な髪色だな」
「? そうなのか?」
「そうなのか、って...」
「そんな事言われたことが無いが」
「...そうか。少なくとも俺っちは綺麗だと思うぞ」


綺麗なのか...と、自分の髪を摘んで確認するフェルトに、薬研は苦笑いしながら腰を上げて部屋を出た。ホンマルを案内するらしい薬研に続いてフェルトも部屋を出ると、視界いっぱいに桜の木と鮮やかな緑の木、そして風情漂う池が広がる。

フェルトの刀剣男士生活の一日目が始まった。



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