01

「お前は売りに出すことにした」


この言葉を耳にする事は何度目だろうか。と、まるで関心のない他人の話を聞いているかのような無表情を晒しながらフェルトはその言葉を聞いていた。言い終えてからずっと目の前で札束を数えている主からその隣にいる奴隷商人に視線を移すと、現在フェルトが付けている足枷より頑丈に見える足枷を持ちながらフェルトのファナリスの特徴である目元や髪色を舐め回すように見た後、感嘆するような溜め息を吐いた。


「はあ〜。まさか、あのファナリスが手に入るなんてねえ」


かつての主がフェルトを明け渡した奴隷商人も全く同じことを言ってニヤニヤと意地の悪そうな笑顔を披露していた事を思い出しながら、フェルトは改めてファナリスの価値を感じた。

最初にフェルトがファナリスの価値に気が付いたのは、2歳の時。知らない大人に誘拐されて、手枷と足枷を付けられ、奴隷市場でセリに出された時だった。恐怖と絶望で顔をグチャグチャにして泣く自分を前に、「ファナリスだ...」「始めてみた」「しかもいい顔してんじゃねえか」と噛み締めるように呟く大人達の手には見たこともない大金が握られていた。フェルトの脳裏には今でもこの光景が鮮明に刻まれている。


それから十数年。高値で買われては高値で売られてを繰り返し、各地に渡り色んな人の奴隷になった。目の前で札束を数えるこの主は五人目。いや、元主と言った方が正しいのだろう。そんな彼はフェルトにとっては比較的いい主だった。ファナリスの力を利用して見世物や用心棒や重労働をさせられたフェルトだが、2歳の頃から奴隷になっていたフェルトにとってそんな事日常茶飯事だったし、暴力を振るうことやご飯を与えない事が無かったこの主の元に居るのはフェルトにとって楽だった。そんな彼とも今日でお別れ。


「さ、いくよ」


今までの質素な鎖を頑丈な物へと交換した奴隷商人に促されて、フェルトは歩みを進める。時折、元主の彼の方を振り返るけれど彼は未だに札束に夢中だった。

数分歩いた所で、大きな馬車とその後ろに小さな檻がある場所にフェルトと奴隷商人はついた。フルーツが沢山積んである馬車の方に乗り込むらしい奴隷商人に顎で小さな檻に行けと命令されたので、フェルトはそれに従って檻に入る。数人の人がいた。若い女と、その子供らしい幼子。屈強な男と博識そうな老人。フェルトがその数人を目にするのと同時に、あちらもフェルトを認識した。


「おや、あんたファナリスかい」


博識そうな老人に声をかけられた。数日水も飲めていないのか嗄れた声だった。フェルトがその声の主と目を合わせて頷けば、老人は笑った。


「丁度いい。もう渡せることは一生無いかと思っとたが、最後の最後に機会が来るとは」
「? どういう事だ」
「コレを、お主に...ファナリスに渡したかったのだ」


そう言ってフェルトが老人に差し出されたのは一振りの剣。


「これは...?」
「昔、儂はファナリスに助けられてのう。その時そのファナリスが使っておったのがこの剣じゃ。儂を助けた後、護身用に持っておけとこの剣を授かったんじゃが、儂には到底使いこなせん。」
「...」
「ファナリスの強靭な力で持っても、壊れない剣じゃった。きっとファナリスに伝わる剣なんじゃろう。して、ファナリスにこの剣を返したかったのじゃ」


受け取ってくれるな、と嗄れた声で言われたフェルトは、剣術の心得もあったので持っていても損は無いだろうと踏んでそれを受け取った瞬間だった。

急に視界がホワイトアウトして、思わず目を瞑った。そして次に目を開いたら、景色が一変していた。檻なんて何処にも見当たらず、ましてや先程まで話していた嗄れた声の老人すら見当たらなかった。その代わりに、目の前に居たのは、一人の女と一人の少年。明らかに上等な服を着ている二人をフェルトが一瞥すると、女も少年も一様に口や目を開いていかにも驚愕している事が伝わるような表情を顔に浮かべていた。


「大将、こいつはいったい誰だ...? 刀帳にはこんな旦那は居なかった筈だぜ」
「わ、わかんない!けど...初めての、は、初めての太刀だあ...っ!」


怪しむ少年と喜ぶ女を目の前に、フェルトはただただ困惑していた。そんなフェルトの腰には、老人から授かった剣がしっかりと存在していた。



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