暖かな空気の中に小さな花弁が舞う。
声高に春を主張する薄紅はひらひらと風に揺れて地面を鮮やかに染めていた。
その中を、真新しい制服に身を包んだ少女が駆けていく――名前を、雪村千鶴といった。
浅葱色のブレザーの肩で、片側にまとめた黒髪が跳ねる。

「あれっ?えーと……あれ?」

急に千鶴が立ち止まる。
その手にしっかりとにぎられているのはどこかの場所が記された地図。
ただ、それはごくごく簡単な略地図でとてもわかりにくいものである。

「迷った……!?」

千鶴は周りを見渡すが誰も居ない。

「ど、どうしよう入学式から遅刻なんて……!体育館はどこ…!?」

"学園内は入り組んでいてわかりにくいから"と、一つ上の幼なじみが記してくれた学校内の地図はあまりに大雑把で、けれど彼女は決してそれを責めたりはしない。
心細さに泣きそうになりながらもう一度彼女は周りを見渡す。

「どうしよう…どこに行けばいいんだろう?」




――その数分前。

古典教師・土方歳三は自分の愛車を教職員用駐車場に止め、降りたその足で職員室に向かおうとしたが腕時計の示す時間を見て思い直す。
職員室に行ってからでは入学式に間に合わない。
土方としては校長の近藤がいるのだから別に自分の出番など無くともよいのだが、本人の意思に反してそういうわけにはいかないので一応は開式から出席しておくべきだろう。
まだ中学校気分が抜けずふわふわしたままの新入生たちに釘を刺すのも土方の仕事だ。
春は土方の一番好きな季節だが、一番面倒事が多い時期でもあった。

くわえたままの煙草は気づけば随分と短くなっていて、最後の煙を吸い込んで土方は火を消した。
肺を満たした煙を空へ吐き出して、体育館へと足を向ける。
ふと中庭を見ると、新しい制服に身を包んだ少女がせわしなく周りを見回していた。

(……ああ、噂の新入生か)

何してんだこんな所で、そう心の中で呟きながら土方は少女に近寄った。





「おい」

「はいっ!!?」

後ろから突然声をかけられて千鶴の細い肩が跳ねる。

「新入生。体育館はそっちじゃねえぞ」

不機嫌そうな低い声。
千鶴は余計泣きそうになりながらようやく言葉を絞り出す。

「あ、あの私……」

千鶴が振り返ると土方は端正な顔に不機嫌そうな表情を貼り付けていた。
黒いスーツを着こなしネクタイを締めた彼は千鶴の顔をじっと見る。

「お前――たしか雪村千鶴とか言ったか。もう入学式が始まるってんのに何やってんだこんなとこで」

「えと、あの……先生、ですか?実は、……道に迷ってしまって…」

目に涙をためつつ恥ずかしそうにうつむく彼女を見て土方が吹き出す。

「………ああ、そういうことか。わかったわかった、俺も行くところだからついでに連れて行ってやる」

笑うと普段の不機嫌そうな表情が崩れて、優しげな笑みがのぞく。
それは思わず息をのむほどに綺麗で、千鶴の頬が染まった。


――桜がよく似合うひと、だと思った。


「ったく…んな泣きそうな顔してんじゃねえよ。取って食いはしねえから安心しろ」

「ありがとうございます……すみません」

「なんだよ、謝るなよ。別に悪いことはしてねえだろ?」

羞恥やその他いろいろで顔を上げられず千鶴がうつむいていると、土方は千鶴がにぎっている紙に気づいてそれを取り上げる。

「……なんだこれは?地図…か?」

「あ、それは平助くんが私のために……」

「平助?もしかして二年の藤堂か。ったく……こんな地図じゃ迷うに決まってんだろうが」

深いため息をついて土方は歩き出す。慌てて千鶴も土方の後を小走りでついていく。

「あの、そういえば何で私の名前…」

「あ?……そりゃ、今年度の新入生は女子はお前一人だからな。覚えるに決まってんだろ」

「ええっ!?」

――薄桜学園は、昨年度まで男子校だった学校だ。
昨今の少子化により生徒数は年々減少傾向にあり、今年から女子の新入生を受け入れることにはなったが広報がうまく行かなかったのかそれとも公表が遅れたためか、今年度の女子の新入生は千鶴一人だった。

「そ、そんな……」

告げられた事実にショックを隠しきれない様子の千鶴に土方は言葉を続ける。

「ましてや教師も野郎ばっかりだからな、少し肩身が狭いかも知れねえが……」

すまねえな、と眉を寄せる土方に千鶴は慌てて首を横に振る。

「いえ!私はこの学校に通いたくてここに来たんですから。大丈夫です。私、頑張ります」

強い意思を秘めたその瞳を見て土方はしばらく何事か考えていたが、やがて――

「よし、その意気だ。そういう女は嫌いじゃねえ」

そう言って千鶴の頭を軽く撫でた。

「……っ!」

――心臓の音がうるさい。

もしかしたら土方に聞こえているのではないかと思うくらいに鼓動は大きく跳ね、千鶴は言葉を失くしてしまう。
顔は隠しようもないほど真っ赤になっているだろうが、それを止める術が彼女にはなかった。

「……着いたぞ雪村。急いで自分の席につけ」

「はっ……はい!ありがとうございました!」

散らかったままだった思考がようやく戻り、千鶴は慌てて礼を言う。
たどり着いた体育館の中は既に新入生たちでいっぱいだ。

「頑張れよ、新入生」

深々と頭を下げる千鶴に声をかけて土方が歩き出そうとしたところにばたばたと足音が響く。
背の高い、土方よりも幾分若いと見える赤髪の男性教師が走ってくるのが見えた。

「お、土方さん……と、雪村か?よかった、お前だけ居ねえから探してたんだ」

安堵したように微笑み、その男性教師は担任の原田だと名乗った。

「土方さんが連れてきてくれたのか?」

「平助の野郎がわかりにくい地図を書きやがったせいで中庭で途方に暮れてたから連れてきた。あとは頼むぜ原田」

「ああ。ありがとな土方さん」

担任の原田にうながされるまで千鶴は土方の背中を見つめていた。

(土方先生…って、言うんだ)

そして入学式の間、千鶴の頭からはずっと土方のことが離れずに、校長の近藤や上級生の斎藤による祝辞、故あって姓の違う双子の兄である薫の答辞もほとんど耳に入らなかった。

――舞い散る桜の中で見せた仄かな笑顔を思い出すたびに胸が騒ぐ。




そして、彼女は間もなく知ることになる。

古典教師である土方があの若さで薄桜学園の教頭も務めていること。
それから――鬼と呼ばれるほど厳しい教師として知られていること、幼なじみの平助が所属している剣道部の顧問でもあること。

(……鬼、にしては優しいひとだと思うんだけど…)

壇上から新入生たちに釘を刺すその表情は厳しいものだったが、先ほどの笑顔を思い出せば怖いという気持ちも薄れる。
女子生徒が一人であると聞いた時は気持ちが暗くなりかけたが、なんだか頑張れそうな気がした。





歳の差なんて気にしない




――入学式の後。
職員室では、新入生にとって初めてのHRを終えた原田が土方に含みのある笑顔で話しかけていた。

「なぁ土方さん。今日のあの迷子、雪村千鶴。かわいいよな、どう思う?」

「うおっ!?それマジかよ左之、薄桜学園待望の女子生徒!かわいいのか!?かわいいんだな!?どうなんだよ土方さん!」

原田の言葉に、彼の同期である数学教師・永倉(なぜか緑のジャージを着ており、保健体育担当の原田と教科が逆なのではないかと思わせる人物だ)が反応した。

「……うるっせえぞ新八!俺が知るか!原田も黙って仕事しやがれ!」

騒ぐ永倉と何かに気づいている風の原田を一喝して土方は顔を背けて黙り込む。

(……言えるわけねえだろうが。かわいい、なんて。俺は教師で、あいつは生徒で……一回りも歳が離れてるってのに)

くそ、と小さく呟いて手のひらで煙草の空箱を握りつぶした土方の顔が少し赤いことに原田は気づいたが、あえて何も言わなかった。








土方さんは体裁とかに囚われがちで自分の感情を後回しにしちゃう人。左之さんは色々と気づいてる。
101018 title:瞑目




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