「よーしじゃあ今日のホームルームは席替えするぞークラス委員は前に出てこい」

担任の原田の声に生徒たちから悲喜こもごもの声があがる。
前列の生徒は喜び、後列の生徒は不満げだ。

「こーら、まだやってみねえとわかんねえだろうが。たとえ後ろの席になったからって気い抜くんじゃねえぞ!」

口では厳しいことを言っている割にその顔はどこか楽しげで、それがきっとこの兄貴分的な性格の保健体育教諭が生徒たちに好まれる所以であろう。

「くじ引きで決めるけどお前らそれでいいな?」

クラス委員がくじを作る間に原田は黒板に線を引き始める。

「まず視力とかの関係で前列がいい奴いるかー」

生徒たちに声をかけた瞬間、唐突に教室のドアが開いた。

「原田、すまねえが黄色のチョーク一本くれ。折れちまって使えねえ」

そう言って顔を出したのは古典教師の土方だった。

「おお土方さん。黄色のチョークな、いいぜ持ってけよ」

「なんだ、席替えか?……最前列になる奴は気合い入れろよ。俺の授業では特にな」

唇の端を吊り上げて言う様は男前というほかないが、生徒たちにとっては何とも背筋が寒くなる言葉だ。
鬼教師土方歳三は居眠りなどに対して容赦がない。

「あんまりビビらせるなよ土方さん。はいよ、黄色」

「おう、助かるぜありがとな原田」

「どういたしまして。……それで、前列希望の奴いるか」

教室が一瞬、静けさを帯びた。

「はい」

そんな中、手を挙げたのは学園唯一の女子生徒ただ一人だった。
原田が少し首をかしげる。

「千鶴?お前視力悪くねえだろ」

「あ、えと……そうなんですけど…」

ちらりと千鶴の視線が土方に向く。
それを見逃さなかった原田は千鶴の意図を正確に汲み取った。

「……そうかそうか、いやー千鶴は本当に勉強熱心だな。お前らも見習えよー」

そう言って原田は最前列の教卓前の席に「雪村」と書き込む。

「っつーわけだ、土方さん。あまり千鶴をいじめないでやってくれや」

「いじめてねえよ。……お前本当にいい度胸してるよ、千鶴」

楽しげにくつくつと土方が笑う。
千鶴は頬を染めながらも花が咲くような笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます」

「何で礼なんか言ってんだよ。……じゃあな」

軽く右手をあげて土方が教室を出ていった。
土方の背中を見つめていたのは千鶴だけではなかったが、他の生徒たちとは違うものが千鶴の視線に見てとれる。

(…………まったく、二人ともわかりやすいよなあ)

原田は唇の端に薄い笑みを乗せつつ席替えの続きにとりかかる。
明日からの古典の授業が一体どうなるのか少し楽しみだった。



希望の席は最前列



原田先生=傍観者+確信犯。

101107 title:瞑目


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