深山に咲く 3.5 


山崎が志麻と出会ってから、季節が一つ通り過ぎた。
木々の間に吹く風はいつの間にか真夏のそれになり昼には蝉が、夕方になれば蜩が鳴く。
その頃には山崎の具合もずいぶんよくなり、志麻と共に夏山の散歩をすることが日課になった。
志麻に花の名前を訊ね、互いの昔話をして。夜になれば二人で空を見上げて星を数え山崎が星の名前を志麻に教える。
小さな幸せがそこにあった。

「そういえば、烝の持ち物の中に薬の包みがあったけど……あれって何?」

薬の分量をはかり、一つ一つ紙に包んでいた志麻が思い出したように言う。
山崎はしばらく考えた後、一つの薬の名前を挙げる。

「ああ、石田散薬か。……あれは新選組の常備薬だ」

「紫と茶色の中間っていうか、何とも言えない色なんだけど……原料とか」

山崎は以前に土方から聞いた話を思い出しつつ志麻の質問に答える。

「副長のご実家近くにある浅川沿いに生える牛の額という草を土用の丑の日に刈り取り、乾燥させた後に黒焼きにして酒を吹きかけ鉄鍋で炒るのだと副長はおっしゃっていた」

「…………ちなみに効能は」

「……打ち身や接骨、切り傷で酒で服用するようになっているんだが……その、効果のほどについては何とも…………」

志麻から見てどう思う、そう山崎に問われて志麻はためらう。

「ん、と……たぶん溝蕎麦のことだと思うんだけど…それ自体は止血や鎮痛の効能を持つ薬草なの。お酒で薬を飲む、っていうこともなくはないんだけど……黒焼きにした後やお酒で飲んだ時の効果のほどについてはなんとも」

正直な話、志麻は服用しようとは思わない。
だが、民間療法と考えれば間違っているとも言えないのが実情だ。

「病は気から、っていうでしょう?ただの粉を、よく効く薬だからって言って病人に飲ませたら病が治った、なんてこともあるの。だからそれもまったく効かない……ってことはないと思う」

「なるほど。鰯の頭も信心から、とも言うしな」

「…………烝、それだと信じてるように聞こえないんだけど……」

「…いや、そういうわけでは……」

土方本人すら効能のほどを疑っている薬である。
斎藤などはいたく気に入っているようだが、山崎はあまり効能については考えないようにしていた。

「その、なんだ。今は、君の薬があるし……」

効能については山崎本人が身を持って実証済みである。
よくよく聞いてみれば、近くの村などでは彼女の薬は“天狗の妙薬”と呼ばれているらしい。
彼女は天狗ではなく鬼なのだが、まあ効能は確かだという比喩表現としておこう。
つまり、山崎の気のせいなどではなくよく効くのだ。

「君のおかげで俺も助かったし、君の薬で病が治ったという人々もいる」

「……あたしの薬は、あくまでも病を直す手段だもの。人が元々持ってる治癒力に勝る薬なんて、どこにもないの。だから烝も、あなた自身が生きたいって強く思った結果だよ」

その言葉に山崎は一瞬止まり、それからまた口を開く。

「それでも、君が居なかったら俺は今ここには居なかった。……だから、君には感謝している」

「…………あたしは、ただ」

何かあなたたちの助けになりたかっただけ、という消え入りそうな声が薄暗くなり始めた部屋の中に淡く響いた。

「志麻。その……ずっと君に訊きたいと思っていたんだが」

「なに……?」

「なぜ君は、俺を助けてくれたんだ?」

人間たちの争いには関わらない。それが東の鬼の意志であったはずだ。
京の鬼を統べるというあの姫も、同胞のためには尽くしても新選組そのものを気にかけたことはない。

「同胞である雪村くんが俺を助けようとしていたからだと君は言っていたが……本当にそれだけなのか」

胸の奥で静かにくすぶる、期待にも似た淡い感情。
ずっと忘れていたその名前を、彼は久し振りに思い出していた。

「…………」

志麻はうつむいたまま山崎の着物の袂を握る。

「……何も言わないつもりだったのよ。だって、あなたはいつかここを出ていくじゃない…」

心が伝わっても、伝わらなくても。
結果が同じなら、出来るだけ何も残らないほうがいい。
そう思ったのに。
……どこかで期待している自分がいる。
たとえ自分に向けられる感情が同情や憐れみであったとしても。

――彼と共に生きたい。

月並みな、女としての幸せを願ってしまう。
東北へ向かったというあの子も、きっとこんな気持ちだったのかも知れない。

「俺の自惚れかも知れないと、ずっと……黙っていたんだが…その、」

「……自惚れじゃない」

――伝わらなくてもいい。
あたしが、あなたに伝えたいだけ。

「あなたのことが、好きなの。初めて見た時からずっと。だから……」

言葉は最後まで紡がれることはなかった。

「す、烝……!?」

いつの間にか体は山崎と密着していて、志麻は軽い恐慌状態に陥る。
そして、優しく彼女を抱き寄せた山崎が代わりに言葉を発する。

「俺の勘違いではないかと、ずっと自問自答を繰り返していた。君はきっと誰にでも優しくて、あそこで倒れていたのが俺でなくとも同じように献身的な世話をするのだろうと……そう思ったりもした」

一つ一つ、言葉を選び出して。
正しく心が伝わるように願いながら。
告げる想いは火種になって、胸の奥にくすぶっていた小さな感情を焚き付ける。

「それでも、希望を抱いてしまうのはやはり……俺が、君を好いているからで」

「烝、いいの?あたし、烝が思っているような女じゃない。自分に敵意を向けてくる人間を、自分の我儘で殺めてきた。烝に、心を向けてもらえる資格なんて、ないんだよ…?」

「誰かを殺めてきたのは、俺とて同じだ。君は、殺めたことに誰よりも心を痛めている。それは君が命の重みを知っているからだと俺は思う。……たとえ、君の行為を愚かだ、偽善だと誰かが責め立てたとしても俺は君をその全てから守りたい」

人間を憎めずに自らが傷ついているその愚かさも、自らが殺めた者たちの冥福を祈るその矛盾さえも全て含めて、彼女を愛しているのだと。
そう自信を持って言える。

久しくまみえるこの気持ちは。
胸に灯った、この感情の名前は。

「志麻、君が…こんなにも愛おしいんだ」

恋慕の情、と呼ぶに他ならない。

「す、すむ…っ……い、の……?あた、し。烝と、いっしょに…っ、いていい…っの……?」

しゃくり上げ始めた志麻の涙を山崎は指で拭う。

「ああ。……君に、隣にいてほしい」

抱きしめたぬくもりはやはり自分のそれと何も変わらない。
ああ、こんなにも彼女は小さかったのかと。山崎の胸がふるえた。

そのあと二人の唇が触れ合うまでには言葉も、時間も何も必要なかった。




戀ひ慕ふ、



110106

名前の呼び捨て→手を握る→抱きしめる→キス と実は結構な早さで関係が進んでいる二人。
山崎くんは左之さんほどじゃないけど意外と手が早い気がする。初めの一歩までが長いタイプ。


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