暮れ六つの鐘が鳴り、店の軒先に灯りがともる頃。
祇園島原先斗町、上七軒に宮川町と京の花街はいっそう華やぎ始める。
そんな西新屋敷、島原の一角。
「まったく……久しぶりに来てみたが、いつ来ても騒々しいな」
気怠げにそうこぼした男は、何とも変わった男であった。
金の髪に紅蓮の瞳はまるで異国の人間か――あるいは、人を惑わす妖の類かと思わせるほどで、宵の口から上物の酒をまるで水の如く呷り、遊戯に興じるでもなければ共にやってきた者たちと談笑するでもない。
ただ、太夫や天神など芸妓を傍に置き酒を呑んでは帰って行く。
男は今日もやはり天神の志麻に酌をさせながらゆるりと酒を楽しんでいた。
「きっとお酒が入って声も気も大きくならはるんよ。それに島原の芸妓は芸を売るんが仕事どすから」
「…それは、呼びつけては酒の酌だけをさせる俺に対する嫌味か?」
愉しげに唇を歪める男に志麻はにこりと笑って言う。
「確かに珍しいどすけど、全く居ないというわけじゃおへん」
「俺のような物好きがまだいるか」
「そうどすね。お酒だけを楽しみに来ゃはる方もいはります」
男――風間千景の属する集団がわかっているので志麻は誰とまでは言わないが、時折やってくる黒の着流しに白い襟巻をつけた男を頭の中にそっと思い浮かべる。
あれもなかなか酒豪で、しかも共にやってくる仲間たちと違って芸妓たちとは滅多に口をきかない。
それがどうやら照れているだけのようだと知ったのは最近のことで、話してみると剛毅朴訥な人柄が垣間見えて志麻は割と好ましく思っている。
「志麻、客の前で他の男を懸想するのは如何なものかと思うが?」
そんな様子では太夫への出世は見込めまいな、と風間が嗤う。
志麻は刀を右差しにした男の凛然とした面影を振りはらい、取り繕う様子も見せず言い返す。
「あら、風間はんやきもちどすか?嬉しいわぁ。なかなか来ゃあらへんさかい、うちさみしかったんえ?」
「この俺を目の前にして他の男に懸想するような芸妓のところに来てやるものか」
「……もう、ほんまにいけずやわぁ。うちの気持ちも知らんとそないなこと言わはる。うち、風間はんが来ゃはるんを首を長ーくしてお待ちしてましたんえ?」
「ふん、おおかた今宵の月と同じだろう」
今夜は十九日目、寝待ち月と呼ばれる月の日だ。
月の出は遅く、もはや寝てそれを待つほどだということから名がついたのだという。
「…風間はんは冬のお月さんのようどす。ほんで、うちはお月さんが出てきはるんをずーっと待ち続けとるんどすえ。お月さんかて『立待月』言うて初めは立って待ってますやろ?」
「…………ふん」
風間は愉しげに唇を歪めただけで何も言わなかった。
空にはまだ月は昇らず、部屋の中は行灯の灯りがゆらゆらと揺れているだけだ。
冬の玲瓏たる月にも似た異形の男はまた盃を空ける。
そして、志麻が手にした徳利から零れ落ちる甘露の滴がその盃を満たした。
臥待月のアムリタ
花街言葉とか京言葉とかよくわかりませんでしたすみません。
101106
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