風の向くまま気の向くまま、自由で奔放な旅路の始まりは、とかくそんな爽やかな言葉がよく似合うのだ。


「ああ、初めて旅に出たときを思い出すなあ」


簡単な荷物を抱え、呑気な声が隣を歩く。
手を繋ぐことなど、こっ恥ずかしいものでなかなかできやしなかったのだが、この日は特別だった。

名前は、所謂かたぎの女というもので、ロケット団幹部であるラムダとは明らかに住む世界の違う人間だった。
人生とはわからないもので、それがどういう因果か知り合い、惚れ合い、いつの間にやら恋人同士ときている。

本来追われる身である彼がふらりと日中出歩くのには訳があった。
この町を発つのだった。

ぴたり、とラムダの足が止まり、手が離れた。
数歩遅れて名前も止まり、振り返った。


「名前。ここでお別れだ」


別れ話、という次元の話をしているのではないのは、さしもの彼女にも理解できた。寧ろ、共に町を発つ体で家を出たのである。


「…冗談ですよね」

「いいや。お前だって、ちょっとは後悔してんだろ」


戻らずともよいものか。それは迷いの一欠片であった。
たとえ狭苦しい喧騒であろうと、日常にあけられた自らの居場所でもあるのだ。残してきた家族や、友人を愛しく思う気持ちは確かにある。
しかし、それは彼女にしてみればとうに置き去りにしてきたはずだ。
ラムダはため息をひとつついて、続けた。


「迷ってんならやめとけ」


おれさまなら、平気だからさ。
そう言ってぐしゃぐしゃと名前の頭を撫でると、彼女は殊更強くとしがみついてきた。


「やだ…離れたくない」


それでも傍にいたいと、なおも食い下がる名前。


「ったく、ガキが」


聞き分けがないやつだ、とラムダは思った。けれど、同じ頭で、あるいは心のどこかで、その言葉通りに彼女と逃げることも悪くないとさえ考え、願ってすらいた。
そんな自分が妙に情けなくて、認めたくはなかった。
せめて望むなら、こいつの本当の幸せを祈ってやるべきだ。おれみたいな悪党が、だめにしちまうなんざあんまりだ。
僅かな良心が言い聞かせる。
お前は、汚れちゃいけないんだって。
本音と建前を半分ずつにそう諭す。


「一緒にいられるなら子供でいい。汚れたって構わない。ラムダさんは私が嫌なの?」


果たしてそれがどんなに棘の道かも知らずに言っているのだろうか。あるいはそれを覚悟して?…何にしても手放しには喜べず、喜ぶわけにいかなかった。
いかに聞きたかった答えであったとしてもだ。
ラムダは言葉に詰まる。
愛しい相手と日々を共に過ごせる幸福は、少なからず夢想した。
けれど、それを叶えてはいけない気がしていたのだ。
越えてはならない境界線が、引かれているような感覚だった。
まごつくことすらできず、沈黙がただただ鋭く流れる。


「どんなにひどい人か知ってるよ。だけど離れるなんて嫌だよ」


そう言われ―彼はぎょっとした。
気付くと名前はぼろぼろと泣いていたのだ。成る程、どこまでも譲らないつもりらしい。
彼女がここまで我を通そうとしたことが、かつてにあっただろうか。
そう思わせるほどに、潤む瞳の奥には強い意志が存在していた。


「…どうなっても知らないからな」


繋ぎ直す手に力を込めて歩き出せば、風は穏やかにひゅるりと頬をなぜていった。


カゼノトオリミチ
(悪いな、おれはずるい奴なんだ)

お前とならこの逃避行も悪くないだなんて、おかしな話を今だけ許していてくれ。






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