「ノボリ、蜜柑食べようよ!」 「私、蜜柑は苦手な故結構です。」 それだけ告げて目の前にある資料に目を戻すとクダリはため息をついてそれを食べ始めました。 鼻腔につく蜜柑独特の香り。 「クダリ…失礼ですが別室で食べてくださいまし。」 「えぇ〜なん…」 「お願いします。」 向かい合ってそう言うとクダリは渋々といった感じで 蜜柑を片手に仕事場を出ました。 私の蜜柑嫌いには理由があります。 今でこそは独り身の私ですが、昔お慕いしていた方がいました。 名前は名前様。笑った顔が眩しくて、例えるなら…蜜柑のような。 お付き合いし始めたころから私たちの関係は良好で、このまま結婚とも言われていました。 しかし、名前様はある日突然別れを告げられました。 「ノボリ君、ごめんね。」 「どうして貴女様が謝るのです。」 「全部、私のせい。」 「貴女様は何も悪くございません。悪いのは、」 「ううん。悪いのは私なの。」 そう言われて私は言葉を詰まらせました。 彼女はそんな私の反応を見て表情を緩ませると 「泣いていいよ。」 そう言って涙を溜めた瞳で私にそう言ったのです。 泣いているのは貴女様なのに。 私はあの時、泣けもしませんでした。 「行かないで。」とも言えませんでした。 ただ黙って名前様の去っていく背中を見ていたのです。 それから名前様には会っておりません。 別れの理由もあまり理解できておりません。 頭の中はいつも名前様の事ばかり。 もう会えないと解かっているのに考えてしまう。 思い出すのは貴女様がつけておられた香水。 それも蜜柑の香りがいたしました。 抱きしめた時に香るその匂い。 何故つけているのか尋ねたら貴女様はこう答えられましたね。 「つけてたら、ノボリ君私の事見つけてくれるでしょ?」 そう言って笑う貴女様に私は赤面してしまいました。 でも私の脳内にはもう笑う貴女様がいらっしゃらないのです。 思い出すのは最後の泣き顔ばかり。 あぁ、泣かないでくださいまし。 私、貴女様の笑った顔が見たいのです。 忘れようとした2人の思い出も結局私を縛ったままなのです。 蜜柑の香りがする度に貴女様が戻ってきたと錯覚し、期待する私がいるのです。 そんな訳あるはずないのに。 |