瞼を閉じれば浮かぶ情景に吐いた溜息は、儚くも暗闇の中へ溶けていった。薄っすらと開いた瞳に入る夜空の星々の瞬きは脳裏に映る残像を色濃く照らし、冷えた指先は感覚を麻痺させる。
 いつの間に眠ってしまったのか。嗅覚を擽る草木の匂いは、ランスの眉間に深い皺を刻んだ。背中に伝う地べたの感触が見せたのは、現実。冷気を含んだ夜風が頬を掠め、花緑青に染められた細い彼の髪をふわりと揺らす。
 起き上がり寝惚け眼の双眸に漆黒の闇に差し込む月光を映しながら、ランスは視界の中心に一つの影を映した。目前に広がる湖は月を揺らし時折弾ける水飛沫は月影に反射して、闇夜の中その存在を確かなものとしている。水面を舞う蝶に逸る気持ちをぐっと抑え、ぴしゃり、ぱしゃり、近付く水音がランスの鼓膜を震わせる。やがて紡がれた声は、ゆっくりと流れる夜の時に埋もれてしまいそうなほど柔らかな音色で彼の名前を紡いだ。

「おはよう、ランス。よく眠れた?」
「……いえ」
「気持ち良さそうにお昼寝してたくせに」

 ぴしゃり、ぱしゃり。濡れた足音を響かせながら近付いてくる影は、逆光の末鮮やかな色味をランスの瞳に焼き付けた。
 ―― 本当なら今頃、硬いベッドで横になっているはずだったであろうに。
 任務の失敗により自室謹慎中であったランスを真昼間の薄暗い森の中へ呼び出した当の張本人は、ランスの零した溜息の理由など知る由もなく、水を吸って重たくなったスカートを絞り足元に小さな水溜りを作っていた。
 濡れた白のブラウスが透かす素肌に、ランスは思わず生唾を呑んだ。
 ぽたり、ぽたり、と地面へ落ちる滴へ視線を移し頭を振ると、前髪を掻き揚げる。その行為はまるで、意識を彼女から―正確には、己の性欲から―逸らそうとしているかのようで些か滑稽だ。
 ランス自身もそれを自覚しているようで、やや自嘲混じりの笑みを口元に浮かべると「名前さん」目前に映る彼女の名前を呟いた。

「気侭なものですね」
「なにが?」
「人をこんな森の奥まで呼び付けておいて、自分は水遊びですか」
「だって、ランス。あなた、私が着いた時には、夢の中だったじゃない」

 だから、おあいこ!
 くすりと笑い、濡れた人差し指で唇を紡ぐ。その無邪気な様に、ついついランスは彼女の我侭を受け入れ許してしまうのだ。ランスを拘束しながらも、彼は名前を捉えることができない。伸ばした指先が名前の髪にさえ触れられないもどかしさは、億劫な夢をランスに見せ続ける。

 そんな彼女の瞼に煌くシャドウだけが、彼女の許した唯一の『自由』だと思うと。ああ、どうしたことか。笑えて笑えて仕方がない。







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