すっかりこの場所独特の匂いに染まったゴールドを見て、目の前で起きていること、これから起こるであろうことに現実味がないなあ、なんて漠然と思った。時刻は夕方を過ぎた頃で、辺りはすっかり暗くなっている。まだ肌寒い季節が停滞しているからか、吐く息は白かった。


「おまえ、死ぬんだよなあ」


そうだろ、と車椅子を押しながらゴールドは訊く。私はうーんと唸ってから曖昧に笑ってみせた。昔ならふっくらとした頬だった、が、それはもう大分痩けてしまっている。
それにしても率直だなあ、と私は口を尖らせて、それでもまだ機嫌が良さそうにいった。


「死ぬのか?」
「なーに、死んで欲しいわけ」
「なんとなく」


こういうときは普通、死なないでくれだとかもっと側にいてほしかったよだとか言われるもののような気がした。でも別に、そんなことは望んでいなかった。大切なのは飽き性で適当なゴールドが、病院の匂いが染み付くまでここへ来ているということだ。私は車椅子を押されながら、自分の吐くそれが白く広がっていくのを眺める。


「……うそだよ」


不意に、ゴールドが呟いた。そうなの?と問えば、彼は痛いよな、とだけ言った。


「うそにきまってる、おまえが、まさかそうなるとか、さあ」


髪の毛が重力に逆らい、ゴールドの手によって持ち上げられた。静かだった。それ以上言葉はなく、私が俯いたら髪は落ちた。
大丈夫なのにな、と思った。いなくなっても残るものはあるのに、それはいつだって消えたりしないのにな、と。


「ゴールド」
「…なんだよ」
「大丈夫。頑張るから」


まだ笑えてる。と私はほんの少しだけ、元気になった。










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