友人から月に一度振り込まれる口座がある。
振り込まれているかどうかだけを確認して、そのまま手を着けることなく通帳を閉じた。
この通帳からお金を引き出したことはまだない。
さあ、今日は週に一度の出勤日だ。
早く用意をして行かなければ上司からお小言を言われるに決まっている。
朝早く出かけるために無理矢理起こしていたミナト君は寝ぼけ眼になりながら、少々ぐずっていた。
『託児所行ったら好きなだけ寝てて大丈夫だから、今だけはぐずらないでー』
うわあ、と焦りながら会社用の資料を鞄に詰め込む。
未だに突然、在宅に移ると言ったとき同僚たちの何かあったのかと心配してきた顔が忘れられない。
どこか体の具合が悪いのか?とか、社内で仕事が出来ないほど思い詰めているのか、いじめられているのか、兎に角なにがあったのかを知りたがる人たちで溢れていた。
別に『赤ん坊を育てています』と素直に言えば良かったのかもしれないが、そんなことを言ってしまったら職場の空気が変わってしまうことは分かっていたので、身内の面倒を看ないといけなくなってしまったと少し嘘をついた。
あぶ、うぅ…
ぼうっとしているとミナト君が何か言いたそうな目をしていた。
『はいはい、眠いんですねどうぞベビーカーの中で好きなだけ眠りたまえ!』
まー、うー
口を膨らませてぶうぶう言う彼をセットしてから直ぐに玄関を出た。
ゴミを出し終えた後に繰り広げられる井戸端会議には目もくれず託児所へ向かう。
「名無しさん、頑張ってねー!」
『いってきまーす』
事情を知っている隣の家の田中さんの奥さんからの声援を背に浴びながら、ベビーカーの限界を考えながらダッシュする。
『ミナト君、寝させないぜ』
ベビーカーの速さに、おおうと目を丸くするミナト君を笑いながら駆けて行く。
とっても楽しい時間だ。
普段の疲れも吹っ飛ぶくらい楽しい。
だってその時は、託児所と駅と会社と自宅、たったこれだけで出来ている自分の世界に、満足しているか?だなんて問える暇もなかったんだもの。
ミナト: 1歳