過去の残骸


「‥‥!?ここは!?」

まばゆい光の後、クリュミケールはまだ上っていないはずの螺旋階段の途中に立っていた。側にはイラホーだけがいて、

「イラホーだけか‥‥?」
「ええ、どうやら彼が私達を分散させたようね」

そう答える。

「分散って‥‥なんでそんな?あの、クナイって男は何者なんだ?あいつだけが唯一よくわからないんだけど」

イラホーはクリュミケールの問いに答えず、すたすたと螺旋階段を進み始めた。

「‥‥ただ、侮れない人よ。サジャエルやロナスよりも、一番危険な人‥‥あの一瞬で、私の力も封じたようね。面倒だけど、歩いて進むしかないわ」

進んで行くイラホーの背中を見つめながら、クリュミケールも仕方なく足を動かす。

「あのさ、イラホー。初めて不死鳥の小屋で会った時、オレの生まれた場所も、サジャエルがオレを拾った時や、オレを【見届ける者】の器にする実験をする時も知っていると言っていた。あれは‥‥リオラのことを言っていたのか?」

本物の【見届ける者】はリオラではなく自分だった。だから、イラホーが何をどこまで知っているのか気になっていた。

「言ったでしょう、真実はまた後にと‥‥全ては、言葉で語るのは簡単よ。けれど、あなた自身で辿り着けるところまでは辿り着くべきだと思うの。もう、リオラのことは大体わかったわね?クリュミケールーーここから先は何も聞かず、黙って聞いて」

イラホーはそう言い、

「サジャエルと今のあなたは過去、召喚の村で出会った。当然、サジャエルはあなたが【見届ける者】だと知るはずもない‥‥そう、【見届ける者】は失われていたから、あの時はまだ、存在していなかった。けれど、サジャエルは気付いたわ。あなたの中の不死鳥‥‥そしてあなたの力に」

螺旋階段を進みながら、クリュミケールは彼女に言われた通り、黙って聞いていた。
ーー【見届ける者】が失われていた、存在していなかった‥‥気になることはあるが、静かにイラホーの言葉を待つ。

「【見届ける者】は世界を壊すことも生かすことも出来る女神。サジャエルの望んだ女神。でも、あなたは過去で、サジャエルの望みである世界を壊すことを否定した。だから、サジャエルはあなたの血を使い、他の人間にあなたの能力を授けようとした。そして‥‥一人の少女が森で捨てられていた。そうーー偶然にも、あなたによく似た金の髪を持ったリオラ。赤ん坊だった彼女はその身にあなたの血を流しこまれたーー‥‥苦痛だったでしょうね」

それを聞き、塔に入る前のリオラの憎悪を思い出した。あれは、リオラの思念だったのだろうかとクリュミケールは感じる。

「リオラが成長した数年後、あなた達に見せたように、サジャエルはリオラとシュイアを接触させた。遠い未来‥‥もしも再びあなたとシュイアが出会った時を予測し、シュイアの想いをあなたではなく、リオラの方に強く向けさせる為に。だからサジャエルは彼に嘘を吐いた。『クリュミケールはリオラの器』だと。クリュミケールがいるからリオラは苦しむんだと」

確かに、過去のサジャエルの言葉通りだ。

『安心なさい‥‥殺しませんよ。あなたにとって大切な者ーー殺すなんて惜しい‥‥いつかあなたが世界を壊すことを選ぶよう、使い道は、無数にあります』

シュイアを連れて行く時に、サジャエルはそう言っていたから。

(シュイアさんの憎しみも、シュイアさんとリオラの愛も‥‥全部、サジャエルが仕組んだこと。他人の人生を‥‥なんだと思っているんだ)

そう思うと、クリュミケールは怒りを感じた。

「あなたの出生については‥‥自ずと知ることになるわ。到底、私の口からは話せない。私が話すべきではーーっ!?」

そこまで言って、イラホーは足を止め、何かに驚くようにビクッと体を揺らす。

「イラホー?」

クリュミケールが心配そうに彼女の名前を呼ぶと、イラホーは必死の形相でこちらに振り向き、

「くっ‥‥サジャエルが干渉してきた‥‥!クリュミケール‥‥進みなさい!そして不死鳥を、不死鳥を頼んだわ‥‥!私の、大切な‥‥!」

その必死な言葉の途中で、イラホーの姿が目の前から消えた。

「えっ、イラホー‥‥!?サジャエルが何かしたのか‥‥?」

クリュミケールは目を見開かせ、

(イラホーは何度か不死鳥の話をしていた。そしてあの小屋にいた‥‥まさか、イラホーって‥‥不死鳥は果ての世界から帰ってからずっと黙りこんでいるし‥‥)

そこまで考え、とにかく長く続く螺旋階段をクリュミケールは進み続ける。
階段の途中、シャリッーーと、何かが靴に触れ、見覚えのあるそれをクリュミケールは拾い上げた。
青く輝く石がついたペンダントーー約束の石だ。

(これ、オレがカシルに渡したやつか?じゃあ、この先に皆がいるのか?)

クリュミケールは約束の石をポケットにしまい、更に遥か上を目指して駆ける。
ーー胸騒ぎを感じた。


◆◆◆◆◆

「なっ、何が起きたの!?」

フィレアが状況を確認すると、そこは広いホールで、螺旋階段を駆け上がった覚えもないのに、下を見れば最初にいたエントランスが遥か下に見える。
そして、この場にはフィレアとカルトルートとレムズ、リウスとキャンドルしかいなかった。

「アドルにクリュミケールは!?」

キャンドルが言い、

「イラホー‥‥シュイアにカシルも、いないわ‥‥」

リウスが続ける。

「‥‥さっきの、フードの男の術、か?」

レムズが首を傾げながら言うと、

「たぶん、そうね。彼はクナイ‥‥詳しくは知らないけど、相当な魔術師らしく、きっと転移魔術ね‥‥私たち全員を転移、そして分散させた可能性がある」

リウスが言い、

「ええっ!?ほっ、本当になんだかヤバイ人達ばっかなんだね!?」

カルトルートが顔をひきつらせながら言った。

「とっ、とにかく‥‥上に進めばいいのか?離れた奴らと合流しないとな‥‥アドル、クリュミケール、無事でいてくれよ‥‥」

キャンドルはまだまだ続く螺旋階段を見上げる。

「シュイア様とカシルが一緒だったら安心だけど‥‥」

フィレアも心配そうに上を見上げる。すると、

「心配なさらずとも、無事合流できるようにしていますよ」

広いホールに若い男の声が響き渡り、螺旋階段の手すりに黒い闇が沸き上がり、その中からフードの男ーークナイが現れた。彼は手すりに腰を掛け、

「僕はクナイ。サジャエル様に付き従う者‥‥ですかね?」

彼の口はニヤニヤと弧を描いている。

「お前がアドル達をどっかにやったのか!?ニヤニヤ笑いやがってよ‥‥!そのフード外しやがれ!」

キャンドルは怒鳴りながら剣を抜き、

「ふふ。落ち着いて下さい。僕は君達と戦いませんよ。僕はそろそろ退場しようかと思いましてね」
「退場!?」

フィレアは槍を構えながら、いまいち掴めないクナイの言動に不審感を抱いた。

「この世界は、壊れきってしまった」

クナイは高い塔の上を見上げ、

「遥か遠い昔と何ら変わらない。救っても救っても壊れてしまう世界ーー人も神も、愚かだねぇ」
「なんの、話?」

リウスは眉間に皺を寄せる。
明らかに、先程までのクナイとはどこか違う。

「君達で、愚かな女神を止めるんだ。そして、誓ってみせるんだ。世界を壊さないと」

そう言って、クナイは一行を見た。

「あなたが何を言ってるのかは分からない。けれど、世界は壊させない!それが私達の目的だもの」

フィレアが強い瞳で言う。

「はは‥‥さすが、彼女に育てられたお嬢さんだ。嫌いじゃないよ」

そうクナイに言われ、

「えっ‥‥?あなた、アイムおばさんを知ってるの!?」

しかし、その問いに彼は答えず、

「君達は皆、懐かしい輝きを放っている。忘れられた過去は誰も知らない。過去の異物は僕と彼‥‥神々だけーー。君達を分散させたのは、ロナスに僕の話の邪魔をさせない為だ。彼は自分が楽しければそれでいいからね。シュイアとカシルは人の話を聞く前に武器を抜きそうだし、クリュミケールは女神同士、イラホーに任せてる」
「むう‥‥」

やはり、いまいち話が掴めないキャンドルは腕を組む。

「じゃあアドルは?アドルは、どこ?」

リウスが聞くと、

「ふふ、無事だから安心してよ」

クナイは静かに微笑んだ。

「あなた、一体何者なの?」

フィレアに問われ、

「旧き時代、旧き英雄の傀儡」
「はぁ?」

クナイの言葉に、カルトルートは目を細める。

「旧き時代、人もエルフも魚人も妖精も悪魔も神も関係なかった。互いに武器を向け合うこともあれば、互いに手を取り合うこともあった。今の時代はマシなんだよ。ここに居る君達と、ここに居る神との小さな戦いなんだからね」

クナイの話はよくわからないが、

「人も、エルフも、魚人も‥‥?」

エルフと魚人のハーフであるレムズが俯くと、

「ーー。そうですよ、レムズ君」

クナイは少しだけ優しく言って、

「かつて英雄達が倒した優しい王様、妖精王ザメシア。彼は永遠の時間に囚われている。死ぬことすら赦されない身。不老であり、不死身。僕の‥‥罪。彼のことを救えるのは、苦しめてしまった僕ではなく、君達だ」
「‥‥あなたが何を言っているのかさっぱりだわ。妖精王って、なんなの?」

フィレアが聞くが、クナイは頭を横に振り、

「この時代なら、全て終わると思った。続く輪廻を。だって、とうとう役者がこんなに揃ったんだ‥‥そして、君達は二番目に神相手に剣を向ける存在になる」

クナイはフードの下で小さく笑うと、

「ふふ。長話がすぎました。神々とこれっぽっちも関係のない君達は、ここまで辿り着いたんだ。過去を知らず、何も知らず‥‥けれど、繋がっている。さあ、進んで下さい。残すはロナスとサジャエル、そしてリオラだけです。‥‥もしかしたら、ザメシアも」

クナイは一行に背を向け、

「では、さようなら皆さん。巡り合わせがあれば、またお会いしましょう。彼に‥‥僕の大事な妖精王様に、よろしくとでも言っておいて下さい」

それだけ言い残し、最後に少しだけ名残惜しそうにこちらを見て、彼は転移魔術で姿を消した。

「ーーっ‥‥なんだったの!?」

なんとなくの息苦しさから解放され、カルトルートは疑問の声を上げ、

「ロナスとサジャエルとリオラはわかるわ。でも、妖精王ってなんなの?」
「くそっ‥‥ややこしいな。なんなんだよあいつは」

フィレアとキャンドルはため息を吐く。

「‥‥」

レムズはぼんやりと、クナイが消えた場所を見つめていた。


◆◆◆◆◆

「わーっ!?何が起きたんでしょうね!さっきの場所より高い所にいますね」

フィレア達とは別のホールに立つアドルが下を見下ろしながら言うが、その場にいるシュイアとカシルからの返事はない。

(うっ‥‥ううっ。なんでおれ、この二人と一緒なんだろ)

まともに二人と話したこともない為、アドルは気まずさを感じた。

「はあっ!?どうなってんだぁ!?あいつ、なに考えてんだよ!?」

バサッ‥‥と、羽が羽ばたく音と共に声がして、アドルが頭上を見上げると、宙にはロナスが舞っている。

「ありえねー!シュイアとカシルって、厄介じゃん!?あいつ‥‥オレを殺す気かよ!」

ロナスは一人ブツブツと言い、

「あとは、リオちゃんのオトモダチかよ!」

アドルにそう言えば、

「リオじゃない!クリュミケールさんだ!」

アドルは声を張り上げて否定した。

「うっせーなぁ。名前なんてどうでもいいーだろー‥‥あっ!そうだ!」

面倒臭そうにしていたロナスは急に悪意のある笑みを浮かべ、

「リオちゃんのだーいじなオトモダチ二号くん。お前をぶっ殺したら‥‥くははっ、愉しそーじゃん!?」
「なっ!?」

ギラッとロナスの目が光り、その目に捉えられたアドルは慌てて父の形見である短剣を抜く。

「いやぁー、オレって、あったまいいー!」

パチンッーーと、ロナスが指を鳴らした。

ゴゴゴゴゴーー‥‥と、辺りに異様な音が響き、地鳴りが起きる。
シュイアとカシルは剣を抜き、しかし、ブオッーー‥‥と、鈍い音がした。

「えっ‥‥ちょっ!?」

アドルは視線を動かし続ける。
ロナスとアドルの周りに、雷のバリアのようなものが張られたのだ。シュイアとカシルから隔離されてしまった。

そして、カタカタカタカタ‥‥と、シュイアとカシルの周りには剣を手にした無数の骸骨が沸き上がってくる。

「悪魔の術、か?」

シュイアが言えば、

「多少の魔物だろうが死人だったら、操るの簡単なんだよねー」

ロナスは笑い、「悪趣味だな」と、シュイアは吐き捨てた。

「こっちはいいが‥‥あの小僧がマズイな‥‥ロナスの狙いは俺達じゃない」

カシルは隔離されてしまったアドルとロナスの方を見る。

「よーっし!これでシュイアとカシルは気にせず、お前をぶっ殺せるなぁ!ニキータ村の生き残りのお坊ちゃん」
「ーー!」

その言葉に、アドルは全身に鳥肌が立った。ロナスは笑い、魔術で槍を作り出す。

「クリュミケールさんだけじゃない‥‥おれだって、おれだって‥‥お前を許さない!!」

アドルはそう叫び、ニキータ村の、人々の、母の仇の方に駆け出し、父の形見の短剣を突き出したーー!


◆◆◆◆◆

「フィレアさん達‥‥!」

螺旋階段を走り続けて、クリュミケールはようやく仲間の姿を見つける。

「クリュミケールちゃん!」

フィレアは嬉しそうにその名を呼んだ。

「あっ‥‥あれ!?シュイアさんにカシル‥‥アドル、は?」

息を切らしながら、クリュミケールは姿のない三人のことを聞く。

フィレア達はクナイのことを、クリュミケールはイラホーのことをお互いに話した。
恐らくアドルはシュイアとカシルと共にいるのではと話し合ったが‥‥

(アドル‥‥)

クリュミケールはなぜか、不安を感じてしまう。


◆◆◆◆◆

「がはっーー‥‥!」

アドルは魔術の風圧に弾かれ、地面に体を打ち付けた。

「うっ‥‥ううっ‥‥」
「いやー、人間!ふつーの人間だねぇ!」

ロナスは笑いながら、空中で魔術の槍をクルクルと回している。

「くっ‥‥くそっ‥‥」

アドルはゆっくりと起き上がり、再び短剣を構えた。

「いやー、起き上がってくれて助かった!まだまだじわじわ痛め付けなきゃ、リオちゃんが来た時につまんないからなぁ!」

ロナスはアドルをまだ殺す気はなく、じわじわと攻撃し、少しずつ痛め付けるのを楽しんでいる。

シュイアとカシルは骸骨を薙ぎ払っていくが、大量の骸骨の群れが倒しても倒しても沸き上がり、道を阻んだ。魔術で一掃しても、意味がない。

「チッ、突っ切ることもできないか‥‥」

カシルは舌打ちをし、

「あの子供が持ちこたえてくれればいいが」

そう言いながら、シュイアは剣を振り続ける。


ーー何度も何度も地面に叩き付けられ、弄ばれるだけの戦いだ。切っ先は、悪魔に届かない。
それでもアドルは立ち上がり続けた。
どれだけ血を流しても、立ち上がり、

『あなたにも大切なものが出来た時‥‥この短剣で、その誰かを守りなさい』

祖母であるルアの言葉を思い浮かべ、そして再び悪魔に立ち向かった。


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