未来への布石


女神イラホーの転移魔術によってスノウライナ大陸に訪れたアドル達は、雪原を歩き続けていた。
彼らを送り届けた後、イラホーはどこかへ行ってしまったが。

「一面‥‥雪。クリュミケールは街にでもいんのか?」

キャンドルが言えば、

「さっ‥‥寒い」

と、薄手のローブ着であるハトネがガタガタと震えていて。しかし、どこか様子がおかしかった。
顔色は青く、視線は泳いでいて、この寒さだけのせいではないような‥‥

「おっ、おいおい、大丈夫かよ‥‥」

キャンドルはそう声をかけるが、ハトネの耳には入っていなかった。

「スノウライナ大陸は一度来たことがあるけど、街が一つあるぐらいだったよね」

カルトルートがレムズを見れば、彼はコクッと頷く。
すると、アドルがきょろきょろと首を動かしているので、

「どうしたんだい?」

そうラズが聞くと、

「何か、声が聞こえた気が‥‥」
「声?」

フィレアは首を傾げる。しかし、冷たい風の音しか聞こえなくて。そこで、レムズが何かを見つけ、指を指した。
黒い人影が見える。それはどうやらこちらに走って来ているようで、だんだんと、形になってきて、はっきりと見えてきて、アドルは目を見開かせた。

「たすけて‥‥助けてっ‥‥助けてアドル!」

走りながら、その人は切羽詰まった声でそう言ってくる。

「り‥‥リウス!?」

黒いフードに身を包んだ彼女だった。彼女はアドルの前まで来て、彼の腕にしがみつき、

「助けて、助けてアドル!」

と、そればかり言う。

「リウス!生きてたの!?その格好は一体‥‥どうしてこんなところに!?何を‥‥助けたらいいの!?」

再会を喜ぶこともできず、アドルは困惑した。
リウスは生きていた。なぜ、フードに身を包んでいるのか。そして、どこか、以前の彼女とは違うような雰囲気で。
聞きたいことは山程ある。しかし、彼女は必死に助けを求めていた。
リウスはアドルの腕を引き、走り出す。

「おっ、おいアドル!」
「だっ、誰なの!?」

アドルが連れて行かれてしまい、キャンドルとフィレアは驚き、

「とにかく僕らも行こう!」
「わっ、わけがわからないよー!」

ラズが言い、巻き込まれているカルトルートはそう言いながらもレムズと共に一行に続く。

「‥‥はぁ、はあ‥‥」

しかし、ハトネは相変わらず青い顔をして、浅い呼吸を繰り返していた。
フィレアとカルトルート、レムズは先にアドルを追い、ラズは彼女の様子に気づき、足を止める。

「ハトネさん‥‥まさか‥‥」

そう言いながら、ハトネの側に行こうとしたが、

「ラズだっけか?ここは俺が見とく!何があったかわかんねえが‥‥お前、戦えるんだろ!?何かあったらアドルを頼む!俺は、戦い慣れしてないからよ‥‥!」

先程からハトネの様子に気づいていたキャンドルはそう言い、周りが見えていなくて、焦点も合わずにその場に立ち尽くすハトネの肩を支えた。
ラズはその様子を数秒見つめ、

「わかった‥‥ハトネさんを頼んだよ、キャンドル!こっちは任せて!」

そう言って、ラズは二人に背を向け、走り出し、

(スノウライナ大陸‥‥か)

心の中で静かにそう呟く。

ーーそうしてリウスに連れてこられた先には、一人の男がいた。その男は血だらけになり、雪の大地に片膝をついている。
何があったのか、周囲の雪にも血が飛び散っており、白い大地は赤く染まっていた。
リウスはその男に駆け寄り、

「シェイアード‥‥大丈夫!?今、助けを呼んだ‥‥!」

泣きながらそう言う。

「一体あなたは!?それよりも、なんてひどい怪我‥‥!」

アドルも慌てて、赤い髪をした、右目に包帯を巻いた男ーーシェイアードに駆け寄った。
しかし、彼は首を横に振り、

「お前は‥‥アドル、だな。俺のことはいい‥‥それより、ついて来てくれないか?彼女‥‥リオの、クリュミケールの元に案内する」

見知らぬ男、シェイアードの言葉に、アドル達はぽかんと口を開けた。


◆◆◆◆◆

「ぶはっ‥‥!」

クリュミケールは瓦礫の中から顔を出す。

「いっ、生きてる‥‥のか」

体を覆う瓦礫を払い、その場に両手をついて荒い呼吸を整えた。サジャエルが放った魔術により、召喚の村は瓦礫や土砂に埋もれ、形をもなくしてしまった。

(なんて、力だ‥‥これがサジャエルの‥‥)

初めて目にしたサジャエルの力に、クリュミケールは絶望感を覚える。

(二人の故郷が‥‥そうだ!シュイアさんとカシルは!?)

二人の少年の存在を思い出し、クリュミケールは視線を動かした。少し離れた場所に、なんとか瓦礫に埋もれずに二人が倒れているのを見つけ、安堵の息を漏らす。二人の元に歩み寄り、その手が二人に触れようとした時、背後に凄まじい気配を感じた。予想通り、そこにはサジャエルが立っていて、

「あなたは何者ですか」

彼女はいきなりそんなことを聞いてくる。

「私が魔術を放った時、あなたは何をしました?」

質問の意味がわからない。しかしよく見ると、透けるようなサジャエルの服がところどころ破れていて、サジャエルも少しの傷を負っている。

「オレは何も‥‥」
「あなたとその子供達が生きている。見てごらんなさい。他の人間達の屍がひとつも見当たらないでしょう?私が放った魔術は、肉体を消滅させる闇の魔術。なのに、肉体を失わない者が三人も‥‥」

サジャエルの言っていることがわからなくて、クリュミケールは黙って聞くしかなかった。
そんなサジャエルの言葉の途中で、タイミング悪くシュイアとカシルが目を覚ましてしまい、

「サジャエル‥‥時間が惜しい。今すぐ失せろ。もう、用はないだろう?」

クリュミケールはそう言って、剣の切っ先をサジャエルに向ける。

「ふふふ‥‥私も時間が惜しい。いいでしょう」

サジャエルはそう、おかしそうに笑うと、

「もうすぐこの辺り一帯は私の術で消滅します。そこの二人はどうでもいいですが‥‥未知なるあなたが死ぬのは非常に惜しい。早くお逃げなさい」

そう言って、彼女は笑いながら姿を消した。

(えっ?見逃された‥‥?助かった?)

クリュミケールが呆気にとられていると、

「‥‥え、あ!?何これ‥‥!?」

シュイアが辺りを見て飛び起き、

「村が‥‥村がなくなった!?」

カシルも目を見開かせ、そう叫ぶ。

「お姉ちゃん!!さっきの‥‥さっきの女の人がやったの!?」

シュイアはクリュミケールの服を引っ張りながら、子供ながらに必死な顔で訴えてくる。

「‥‥ああ。でも今は説明してる時間はないんだ。早く行こう!」

クリュミケールは二人の腕を引き、急いで走り出した。

「え!?どっ、どこに行くの!?」

カシルが困惑しながら聞いてきて、

「約束しただろ!何があっても二人は私が守る!だって‥‥二人は私の大切な家族だ!未来がどうなっても構わない‥‥今は、君達を守る‥‥!」

クリュミケールの言葉を、少年二人は不思議そうに聞いていた。

ーー走り続けて、村があった場所から離れたのを確認し、クリュミケールは立ち止まって呼吸を整える。

ドォォオオォォオッッーー‥‥!!!

遠く離れた背後で大きな音が響き、大地が地響きを鳴らした。
少年二人は慌てて村があったであろう方向を見つめる。
炎や眩い光が舞い上がり、爆風がこちらにも一気に流れてきた。砂埃が舞い、三人は目を閉じる。

「‥‥っ!!は、はは‥‥ギリギリ、か」

ゆっくりと目を開け、クリュミケールは足元を見て乾いた笑いを漏らした。
自分達が立っている場所からわずか数メートル先の地面はなくなり、深い深いクレーターのような状態になっていたからだ。
遠くでは、まだ光がちかちかしている。
しかし、妙な光だった。爆発とは、何か違うような‥‥

「なっ‥‥なんなの?なんで、こんなっ‥‥みんな‥‥村が、村の、みんなが‥‥」

シュイアはガタガタと震え出す。
クリュミケールは彼の側にしゃがみ込み、ただ静かに震える体を抱き締め、優しく頭を撫でてやった。すると、

「おっ、お姉ちゃん!」

と、カシルが大きな声で叫び、クリュミケールも気づいて振り向く。

「どうやら生き延びれたのですね」

そこにはまた、サジャエルがいて、

「なんなんだよ‥‥去ったんじゃ、ないのかよ」

クリュミケールは立ち上がり、再び現れた彼女を睨み付けた。

「理解しました。あなたは未来から来たのですね?」

サジャエルはクリュミケールを見つめ、言い当ててくる。

「あなたの中に、不死鳥を感じる。しかし、不死鳥はあの山にいるはず。‥‥あなたは私が待ち望んだ未来の神。そう、私はあなたを望んだのです、あなたのような神が生まれることを」
「なっ、なに言って‥‥」
「我が女神よ‥‥!望んで下さい。世界の滅亡を!【見届ける者】よ!」

意味不明な言葉と共に、サジャエルの高笑いが響いた。

(女神【見届ける者】って‥‥リオラのことだろ?こいつは、何を言っている?いずれ人間は世界を滅ぼす。そうなる前に、サジャエルはこの世界を消し去り、新たな世界を創って世界を救うと言っていた。女神【見届ける者】が、世界を壊す力も救う力も持っている‥‥ここが、いつの時代なのかはわからない。でもサジャエルはすでに、世界を壊すつもりで動いているのか‥‥)

滅茶苦茶な、理解し難い話にクリュミケールはため息を吐き、

「私はもう、お前の思う通りには動かない。私は、私の意思で生きているんだから」

何も知らなかった無知だった自分は、何度もサジャエルに導かれて来た。けれど、それももう終わりだ。自分はもう、あの頃のように、無知なんかじゃない。

「ああ‥‥『もう』ですか。では、未来では私の思う通りに動いていたのですね‥‥ふふ、ふふふ。ならば‥‥未来への布石を作りましょう」

ザシュッーー‥‥と、目に見えない速さでサジャエルは眼前に立ち、鋭い爪で、クリュミケールの頬を軽く切り裂いた。

「あなたの血を戴きましょう」

そう言って、サジャエルは薄気味悪く笑う。サジャエルの行動の意味全てがわからなくて、クリュミケールは立ち尽くした。

「あとは‥‥そうですね。そこの二人、私のもとへ来ませんか?」

と、サジャエルは先程まで目もくれなかった少年二人を見つめ、そう言う。

「あなた方には力がなかった。子供だから?そんなのは言い訳です。力が、欲しくはないのですか?」
「なに言ってんだ!お前がうばったくせに!バケモノ!」

サジャエルの言葉に、カシルがそう叫んだ。

「ふふ‥‥力さえあれば、あなた方はもう何も失わない。取り戻せるものだって、あります」

そんな言葉に、クリュミケールはかつての自分を思い出す。サジャエルはいつも、優しく微笑んで、弱った者の心に漬け込んできた。

「ちから‥‥力があれば、みんなみんな、取り戻せるの?」

クリュミケールの隣で、シュイアはサジャエルにそう尋ねる。サジャエルは聖母のように微笑んで頷いた。
クリュミケールが彼を止めようとしたが、

「シュイア!なに言ってんだよ!そんなヤツを信じるのか!?そいつが村を‥‥みんなをうばったんだぞ!」

カシルがシュイアの肩を掴んで叫ぶ。

「ボクは‥‥たえられないよ。悲しくて、悲しくて‥‥どうしたらいいのか、わからないよ‥‥だって、なんにも、なくなっちゃったんだ」

シュイアはカシルの手を静かに払い、サジャエルの方へと歩き出した。

「シュイア!!なにしてんだよ!どこ行くんだよ!なんにもなくなっただって!?オレとお姉ちゃんがいるじゃないか!!違うか!?」

カシルが叫び続け、

「わかってるよ‥‥でも、ボクは‥‥ごめんね、カシル。ごめんね、お姉ちゃん‥‥ボクは、間違ってる?」

シュイアはボロボロと涙を溢した。
これが、シュイアとサジャエルが手を組んでいる経緯なのだろうか。クリュミケールはぼんやりとそれを見つめ、

(私も‥‥力を欲した。その気持ちは、よくわかる。だって、あの頃の私は、無力で、悔しくて、惨めな気持ちになったんだ‥‥)

自分の過去とシュイアを重ね、

「シュイア‥‥くん。誰も君を責めはしないよ。きっと今の君には、私とカシルの言葉は届かないだろうから‥‥でもね、いつかまた、会おう」

クリュミケールはシェイアードが持っていてくれた、シュイアから貰った剣を抜き、それをシュイアに渡した。

「おっ‥‥重っ‥‥なっ、何?」

自分には大きすぎる剣を渡され、シュイアは首を傾げる。

「いつかまた出会えたら、その時、その剣を私に返して。私は君を諦めないよ。もう、迷わない‥‥君に会えて、やっと、決意が固まった」

疑問げなシュイアの顔から視線を外し、サジャエルを睨みつけた。

「ふふ、ふふふ。余程、大切な子供なのですね?安心なさい‥‥殺しませんよ。あなたにとって大切な者ーー殺すなんて惜しい‥‥いつかあなたが世界を壊すことを選ぶよう、使い道は、無数にあります」

そう言って、サジャエルは笑う。

(そうか‥‥シュイアさんの裏切りも全部、こいつに仕組まれていたのか‥‥この後、シュイアさんはリオラに出会うのかな‥‥そして、私を憎むのかな‥‥)

サジャエルの元へ歩いて行く小さな少年の背中を見つめながら、クリュミケールは思った。

「あなたの血は、有効に使わせていただきますよ」

サジャエルはそう言い、シュイアの肩に手を置く。

「ごめんね‥‥ごめんなさい」

シュイアは小さく謝り、そうして、二人は姿を消した。

「えっ‥‥!?あっ‥‥シュイア‥‥なんで‥‥」

絶望し、カシルはその場に崩れ落ちる。クリュミケールは手を伸ばそうとしたが、突如、光がクリュミケールの体を包んだ。
この光は先程、村が爆発した時に見た光だ。

「えっ!?お姉ちゃん‥‥!?」

カシルは慌てて立ち上がり、クリュミケールに手を伸ばすが、

「あっ、あれ!?」

クリュミケールの体は透けていて、触れることが出来ない。

(まさか‥‥自分の世界に帰れるのか?でも、今、こんなタイミングで?)

クリュミケールはカシルを見つめた。涙に濡れた顔を、見つめる。

(こんな状態のカシルを、置き去りに?)

しかし、未来のカシルも、危険な状態だ。クリュミケールは拳を握り締め、

「また、会えるさ。約束しただろう?私がいなくなったら、捜して、会いに来てくれるって。離れ離れになって違う道を歩んだとしても‥‥またいつか会えるように、いつかこうしてまた、同じ道を行けるように。約束だ!」

そう言って、クリュミケールはにっこりと笑った。
その笑顔を最後に、カシルの目の前からクリュミケールの姿は消える。
消える最後に目に焼き付いたのは、泣きじゃくる少年の姿と、

「会いに行くから!約束だよ!」

少年が叫んだそんな、約束の言葉だった。


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